098話:この世界に降る水はどこから?
レラが唱える魔法は、回復だけじゃなくて攻撃もできるし、
あっという間に大地に吸い込まれてしまうけど、
飲める分だけじゃなく、体を洗うだけの量もちゃんと出せた。
しかも、冷たいお水も出せる、温度調節付きみたいだった。
ただ、それにレラはそれにまったく驚いていなかった。
ロテュも私もさほど驚かなかったけど、
唯一、小隊長ナガノルだけは驚いていた。
「まさか、君は新神魔法を唱えられるのかい?どこかで教わったのかい?」
彼はたくさん質問していたけど、
レラは「あ、え、うん。」としか言っていなかった。
私が小隊長ナガノルを見つめていると、彼は何かに気づいたのか、
はっとして話すのをやめ、レラから少し離れていった。
ただ、今までのように完全に遠くへは行かず、
今度は声が届くくらいの距離にいるようにしたみたい。
これで、ロテュを先頭に、その後ろにレラ。
少し距離を置いて小隊長ナガノル、そして私が最後尾。
四人と一匹で荒野を歩いていた
――そう考えれば、なんとなく“隊列”と呼べる形だった。
そんな私たちが、ふと、同じタイミングで空を見上げた。
「水が降ってきた」まったく協調性のないはずの私たちが、
みんな同じようなことを言った。
私は最初、まさかレラの魔法かと思っていたけれど……
すぐにそれは違うとわかった。
降ってくる水の量が、さっきロテュとレラの体を洗っていた分なんて、
遥かに超えていたから。
私たちはもう全身びしょ濡れで――それは、お風呂に沈められたみたいだった。
それにしても――どこからこの水は降ってきているのか?
空にかかっている灰のような霧も、私は初めて見るものだった。
ざばぱぱっ……ざばぱぱっ……と、
大量の水が地面を叩く音を聞いたのも初めてだった。
そして、さっきまで水を吸っていたはずの大地が、
今はすっかり水で覆われていて……
深さはないけど広さだけなら、私が知っている“保管湖”を超えていた。
降ってくる水が地面に落ちた音は、そばにいなければ声が聞こえないほどの、
轟音になっていて、肌に当たる水が痛いくらいだった。
私たちは寄り添うようにして、
これからどうすればいいのかを考えていた。
足元を見たら、濁った水が足首まできていて、
自分の足すらまったく見えなくなってしまった。
そんな中、小隊長ナガノルさんが
「瑠る璃お嬢様、こちらの背にどうぞ」と声をかけてくれた。
特に理由はなかったけれど、私はそれを断った。
それが結果的に良かったのかもしれない。
「キョバーッ!」
叫び声と同時に、ナガノルが乗っていた獣種が大きく跳ねた。
泥と水が跳ね上がり、私たちの視界が一瞬、土と霧に覆われた。
次の瞬間、獣種は前脚で地面を蹴り上げるようにして走り出して、
ナガノルを乗せたまま荒野の奥へ消えていってしまった。
彼の声は聞こえなかった。叫んでいたかもしれないけれど、
この雨音ではわからなかった。
ただ、離れていく背中が、少しだけこちらを振り返ったように見えた。
小隊長ナガノルさん……お別れだね。
――「ねぇ、あの上に乗れば平気じゃないかな?」
私の耳元でレラがそう言って、指さした先には大きな岩があった。
それを目指して、ざばざばと水をかき分けながらそこまで歩いていくと、
かなりの大きさで、手足を掛けられる場所もたくさんあった。
だから、登るのも簡単だった。
こんないい所を見つけてくれて、レラに感謝した。
このまま泳ぐことになるかと思っていたから――
三人が乗っても十分な広さがあって、ほんとに助かった。
だけど、空から降る水を遮るものは何もなくて、
冷たい水に打たれながら、私たちは体を寄せ合って小さくなっていた。
それに気づいたのは、空からの水が少しずつ弱まってきた頃だった。
私がぼんやりと、水に覆われた地平線を眺めていたとき思った。
「ロテュ、レラ。私たち……動いてるよ」
二人に言ってみた。
たぶん、二人は目に見える変化では気づかないかもしれない。
でも、この岩が水に浮かびながら、
ぷかぷかと少しずつ移動している感覚は――感じ取れるはず。
ロテュが「どっちに?」と言ったので大体の方向を教えると、
「勝手に行ってくれるからよかったじゃん」と言いレラは
「歩かなくていいんだ……」と聞くのがやっとの声で言っていた。
私も自然に任せればいいかな?と思った。
こんな体験したことない現象を感じるのも、もっと楽しめばいいかな?