まだ終わてなかったよ、喜ぶべき?
私の目覚めは、いつもゆっくりだ。いや、夢を見続けているだけなのかもしれない。
まぶたがわずかに動き、意識が現実へと引き戻される――はずだった。
「……おはよう」
ぼんやりとした声が、静かな部屋に溶ける。ゆっくりと周囲を見渡したが、何かがおかしい。
ここは……?
違和感の正体を探るように、記憶をたどる。
そうか、宮殿の私の内室だ。
昨日は――誕生日だった。
にぎやかで、大変だった、けれどどこか遠い時間のように感じる。
けれど今、部屋が妙に暗い?!カーテンが閉まっているのかと思ったが、
そうではない。慌てて時計を確かめる。
「……二十二時?」
心臓が跳ねた。誕生日の夜はとうに終わっているはずなのに――時間が進んでいない。
まるで、この夜が終わらないみたい……
その瞬間、ヴェルの顔が脳裏をよぎる。
彼が、私をここまで運んでくれたのだろうか? それとも――
――トントン。
突然、扉を叩く音がした。
誰……?
一瞬だけためらい、ゆっくりと扉を開ける。
「ミドリノトール・瑠る璃さま。シロイトール・凛々エルさまがお呼びです。……こちらへ」
伏し目がちに告げる女官の声は、どこか硬い。
凛々エルお姉様――帝国の王子に嫁いで、帝都へと移り住んだ、私の姉さま。
もう何年も会っていないなぁ、元気なのかしら?
それに、こんな時間に?なんの用なんだろう?
けれど、問い返すより先に、
女官は静かに身を引いて付いてくるようにと歩いて行く。
それに私も付いて行った。
一つ目の大扉が開く。無言の近衛兵が、重々しく門を押し開けた。
二つ目の大扉。女官たちが静かに控え、道を示す。
コォォォ……
滑るように開く、三つ目の大扉。
その先に待つ光は、まるで夜を切り裂くようだった。
私は、ただ黙って――その光の中へと踏み出した――。
天空に輝く太陽の化身――
そう称されるのが、シロイトール・凛々エルお姉さま。
情熱的で、誰に対しても真っ直ぐな眼差しを向ける人だ。
「久しぶりですね、瑠る璃さん。お変わりありませんか?」
「はいっ、元気です」
懐かしい声に、少し胸が熱くなる。
何年ぶりの再会だろう――こんな形で会うなんて、思ってもいなかった。
暖色を基調とした部屋の中、
柔らかいファーの椅子に座ると、凛々エルお姉さまが膝の上に手を置いた。
「社交界に慣れておきなさい。あなたも来年の若冠の儀を迎えれば、婚約も可能になるのですから」
つまり、お姉様みたいに王子と結婚しろってこと……?
「明日、女神リレアス堂で『復活』を手伝いなさい。手配はしておくわ」
……やっぱり、私が来ることを知ってたんだ。
「あなたも、そろそろ社交の場に出る準備をしなさいね」
「はい……」
私はとりあえず返事をするが、気が重い。話もちゃんと聞いていなかったかも。
ふと横を見ると、黒い猫が座っていた。
長い毛並みに、鋭い目――どことなくお姉さまに似ている。
手を伸ばそうとすると、猫がはっきりと言った。
「さわらないでください」
――しゃべった!?お昼にあった黒猫さんなのかな?
凛々エルお姉様が微笑む。
「この子は使い魔ですよ。帝都の黒猫はすべて使い魔なのですから、
無理にさわってはいけませんよ」
黒猫――ターターが控えめに告げる。
「凛々エルさま、お時間です」
どうやら凛々エルお姉さまも忙しいみたいで、二、三事言うと、
「じゃあ、またね」
そう言って、お姉様は去っていった。
私は、少し名残惜しく扉を見つめながら、静かに部屋を後にした。