000話.1:14歳ってこんな感じかな?もしかして生まれ変わったりしてる?
瑠る璃の十四歳の誕生日。
カーテンの隙間から差し込む朝の光はまだ弱く、
広い部屋の薄暗さを払うには足りなかった。
瞼を閉じたまま、静かに思考を巡らせる。
今日は、一年の中でも特別な日。
いつもなら胸が弾むほど楽しみなはずなのに、
どういうわけか――不思議と心が落ち着いていた。
――それに比べて、昨夜の私はまるで別人のようだった。
ベッドに入っても、眠気などまったく訪れず――胸の奥が、
ふわふわと高鳴っていた。
寝布をすっぽりとかぶり、声をひそめてクスクス笑う。
部屋の中はしんと静まり返っているのに、
心の中だけはお祭りみたいに賑やかだった。
枕に顔をうずめては、明日が楽しみすぎて転がり、
布団を蹴飛ばし、また掛け直す。
「十四歳になったら、私はどうなるんだろう?」
何かが劇的に変わるわけじゃないって、わかってはいる。
でも、この日を境に――ほんの少しだけ、違う自分になれる気がした。
幼いころの誕生日とは違う、ちょっと背伸びした気持ちが、
胸をくすぐっていた。
――だが、あれほど期待を膨らませていたはずの朝を迎えてみると、
驚くほど静かだった。
わくわくが収まり、昨日までの自分が夢だったかのように感じる。
まるで一晩のうちに、別の自分になったような――
そんな不思議な感覚だった。
一人では到底開けることのできない大扉が、
ゆっくりと軋む音を立てて、わずかに開いた。
その隙間から、広間のぬくもりを含んだ空気と共に、
鼻腔をくすぐる香りが流れ込んでくる。
私は、寝たふりをしながらその気配を察した。
足音はほとんど響かない。二人の家従は静かに部屋へ入り、
慎重に大扉を閉じた。
二つ年上の碧り佳姉さまは、穏やかで面倒見がよくて、
でもたまに意地悪な顔をする。
一つ年上の深る雪姉さまは、無邪気で甘えん坊――
でも時々、びっくりするくらい大胆なことをする。
二人とも、私が目を覚ます前にそっと来て、いつも静かに待っていてくれる。
いつものことだ。だけど、私が彼女たちが来る前に、
目を覚ましていることは、ほとんどない。
「瑠る璃さま、朝ですよ。」
まずは碧り佳の優しい声が響く。
いつもと変わらない、穏やかな朝の挨拶――のはずだった。
しかし、次の瞬間。
「お誕生日ですよ! おめでとうございます!」
ばふっ!
「ぐへっ……!」
突然、ふわりと影が降ってきたかと思えば――
深る雪が、勢いよく飛び乗ってきたのだった。
油断していた私は、思わず変な声を漏らしてしまった。
「瑠る璃ちゃん、おきたかな?」
体の上で揺れる深る雪。朝から容赦がない。
私は一気に目が覚め、ため息をつきながら上半身を起こすと、
まだ乗っかっている深る雪姉さまをぐいっと押しのけた。
その間に、碧り佳姉さまがカーテンを開ける。
途端に、部屋の中に眩しいほどの光が差し込んだ。
「もう起きてる、おきてますよ……」
寝ぼけた声でそう言いながら、私は二人を見つめた。
誕生日の朝。今日は、少しだけ“大人”になった気がする日――なのに。
(あれ? もしかして深る雪姉さまの方が、よっぽど子供っぽい?)
思わず、笑いがこみ上げる。
「大人になった自分」を意識していたけど、
こんなふうに無邪気に甘えてくる姉を見ていたら――
何かを証明する必要なんて、もうないような気がしてきた。
「はいはい、碧り佳姉さま、深る雪姉さま、おはようございます」
少しだけ肩の力を抜きながら、私はゆっくりとベッドを降りた。
床に足をつけると、ひんやりとした感触が心地いい。
カーテンの隙間から差し込む光も、いつもよりちょっと特別に感じられた。
「おはようございます、瑠る璃さま」
姉さまたちが微笑みながら寄ってくる。
今日も、私の着替えを手伝ってくれる。
普段なら「今日は何を着ようかな?」って気分で選ぶけれど、今日は違う。
ずっと前から決めていた、大人っぽいシンプルなドレス。
「瑠る璃さま、本当にそれでよろしいのですか?」
碧り佳さまが、鏡越しに私の表情をうかがいながら聞いてくる。
「うん。今日はこれでいいの。似合うでしょ?」
そう言ってみたものの、実は着る物よりももっと大事なことを考えていた。
――それは、今日の食事のこと!
朝食から始まり、おやつを挟んで昼食、
そしてまたまたおやつを挟んで……フフッ!
思わず口元が緩んでしまった。
「……瑠る璃さま、すごく楽しそうですね?」
「お誕生日だからって、変なこと考えてないでしょうね?」
深る雪さまが不思議そうに首をかしげ、碧り佳さまがじっと目で見てくる。
「え? 変なことは考えてないよ?」
変なことじゃないよと自分に言い聞かせながら、
もう頭の中は豪華な料理でいっぱいだった。
(何が出るのかな? 特別なご馳走かな? まさか、
大好きな焼き菓子が山盛りに……!?)
そんな妄想を膨らませながら、私は王宮の長い廊下を歩き出す。
――歩くたびに、漂ってくるいい香り。
――ルルンと回りながら歩きたいけれど、さすがにそれはやりすぎ。
「おっと……!」
ほんのちょっとスキップしただけで、
碧り佳さまに肩をぽんっと叩かれてしまった。
「はいはい、お行儀よく歩きましょうね、お姫さま?」
「ふふ、瑠る璃ちゃん、嬉しそう~!」
二人には見透かされていて、ちょっと恥ずかしくなった。
何でもないふりをして、私は歩く速さを少しだけ上げた。
そして、浅く深呼吸をして落ち着こうとしたが――
前を見ていなかった私は、ふと右側のテラス越しに何かを見つけた。
何かが視界の端で動いた気がして、思わず足を止める。
「瑠る璃さま?」
「どこへ行くの?」
二人の姉さまたちが止める間もなく、私はさっとテラスの扉を開けて、
外へ駆け出した。
朝の空気が少し冷たくて、肌を心地よく撫でてくる。
目の前では、大量の荷物を運び入れている人たちが動いていた。
大きな箱、布で覆われた何か、見たことのない形のもの……
次々と運ばれてくるそれらは、
どう見ても何か特別な準備をしているように見えた。
(えっ、もしかして全部、私のため……!?)
胸の奥が、ドキドキと高鳴る。
「ちょ、ちょっと! 何あれ! すごい! すごくない!?」
「瑠る璃さま、落ち着いて……!」
「まだ、何の準備かわかりませんよ?」
碧り佳さまと深る雪さまの声が背後から聞こえてくるけれど、
そんなの気にしていられなかった。
すごい。こんなこと、今まで一度もなかった。
もう、顔がにやけるのを止められない。
今日だけで何回にやけるのかな?
それに、何回「落ち着いて」って言われるんだろう?
去年の誕生日も、ちゃんとあったはずなのに――思い出せない。
それくらい、今日は特別。
これは、もしかして……世界が変わった!?
そう思った瞬間、自分で「ちがうよ」と笑いそうになった。
変わったのは世界じゃない。たぶん、私自身。
そうよ、私はもう子どもじゃない!
だから……私には、何でもできるんだから!