第三話 4-4
会場がどよめく。
菓子職人たちの誰もが求めてやまなかった、手放しの賞賛。しかもそれはカーリムが作ったような審査用の逸品ではなく、今も惜しげもなく空からばら撒かれているのである。
こうなってしまうともはやコンテストどころではない。観客たちは目の色を変えてゴム風船の残骸を求め、さながら金塊を奪いあう暴徒のごとき有様となった。
アルフレッドは壇上で見おろしながら、満足げに呟く。
「やっぱりお祭りってのはこうでなくっちゃな」
「待て! 君のチョコレートはホワイトカカオどころか、オマケとして配れる程度の安物ってことだろ!? ならば私の究極がそれに劣るはずがない! お前たちは最初から結託していたに違いない! 祭事で出来レースを仕組むとは、恥を知れ冒涜者どもがッ!」
口を挟んできたのカーリムだ。
床に膝をつけたままわめきちらす様は、まさに敗者の遠吠え。
審査の結果が不服だというのなら、自分の舌で確かめてみるといい。アルフレッドはタイミングよく空から落ちてきた残骸をつかみ、チョコレートの包みを投げつける。
「品質でいえばこの場にいる誰の作品にも劣るだろうな。クリオロ種ですら使ったのはほんのちょっと。基本はフォラステロのブレンドだ」
「しかし風味の力強さは決してホワイトカカオに劣るものではない。ふたつのものをかけあわせ、新たな価値を見いだす。それもまた錬金術師のなせる業か」
カーリムはふたりの言葉を聞きながら、渡されたチョコレートを口に含む。
直後、驚愕に目を見開く。
「なんだこの異物感は! カカオの風味だけじゃない。それと同じか上回るほどの刺激……まさかチョコレートの中に、ハーブを混ぜたのか!?」
「水蒸気蒸留によって抽出したペパーミントの精油だ。セーブル王国においては古くから虫よけや臭い消しに用いられているが、なにせ寒さに強いハーブなもんでな。俺の実家じゃ肉料理のソースに使ったり煎じて茶にしたりで食卓の必需品として大活躍だったよ。ぶっちゃけガキのころから癖が強すぎて苦手だった」
「だったらなぜ、こんな香りの強いものを入れた! カカオの風味を台なしにしてしまうことくらい、チョコレートに精通していれば予想できるだろうに!」
「そりゃあもちろんミントを入れたくらいじゃ負けないってわかっていたからだよ。俺は錬金術師としてあくまで合理的に解を導きだす。たとえ苦手な食材であっても、使えると思ったらなんでも取りいれるさ。カーリム。もう一度だけよく味わって、それから感想を聞かせてくれ。本当になっているか? 台なしに」
異国の青年はぐっと言葉に詰まった。その様子をアルフレッド以上に愉快げに眺めているのは、両者の作品を審査する立場にあるシンだった。
吸血鬼の王はふーと息を吐いてミントの清涼感を堪能したあと、
「君のような職人からすればチョコレートを冒涜しているようにすら感じられるかもしれないな。ホワイトカカオの芳潤な香りを存分に引き立てるべく、余計なことを一切せずに突き詰めた『究極』の逸品。それに比べてアルの作品は実に強引で荒っぽいアプローチだ。普通に配合していたら反発しあってお粗末な出来になっていただろうし、繊細なクリオロ種の風味だけではミントの強さに負けていた。フォラステロ種とのブレンドは安価に仕上げるためだけではない。土台となるカカオに力強さを加えるためだ。すべては緻密な計算によって導きだされた『可能性』──私がチョコレートに求めていた魅力、そのものだ」
カーリムはようやく敗北を認め、膝から崩れ落ちる。
かたやホワイトカカオという品種に頼りきり、職人としての工夫を怠ったもの。かたや安価な品種とクセの強い香料をかけあわせ、今までにない味わいを作りだしたもの。コンテストという場において、どちらに軍配があがるかはあえて告げるまでもなかった。
アルフレッドはにやりと笑い、シンに拳を突きだしてみせる。
「ミントには魔除けの効果もあったはずなんだけどな。いっそ泡を吹いて死んでくれたら最高だったのに、やはりお前を殺すのはなかなか骨が折れるらしい」
「よくよく頭がまわる男だ。そこまで計算してフレーバーに用いるとは」
隷属契約を破棄されたことで自由の身になったものの、心は変わらずカカオの魅力に縛られていた。ゴム風船の残骸回収にオマケをつけると決めたとき、まず最初に浮かんだのがチョコレートだった。それも普通の味じゃつまらない。口に入れた者があっと驚くような、そういう遊び心を入れたかった。
自分はあくまで錬金術師で、おまけに超がつくほどの負けず嫌いだ。祭事を盛りあげるという名目ならば、いっそあの吸血鬼をターゲットにしてしまえばいい。空から落ちてきたお菓子を拾い食いして滅びるなんて、あのクソ野郎に相応しい間抜けな末路だろう。
当初の予定では遠くから成否のゆくえをうかがうだけにするつもりだったのだが、それではモヤモヤした気分が晴れそうになかった。
だからつい勢いでステージまで躍りでてしまった。
これまで散々振りまわされてきたから、死ぬ間際に指をさして笑うか中指を立てるかして、きっちり相手の『間違い』を指摘してやらなきゃ気がすまなくなったのだ。
お前を殺すのは俺だ。
ほかの連中にできるわけねえだろ、バーカってな。
「つっても結局また失敗しちまったし、お前をどうやって満足させたらいいかはわからないままだな。究極の先か。難題にもほどがあるぞ、ちくしょうめ」
「その悔しがりっぷりからすると、今後も私にチョコレートを作ってくれるのだね?」
アルフレッドは鼻で笑う。冗談じゃない。その手には乗るか。
今回はたまたまそういう流れになっただけで、毎回こんな馬鹿みたいなことに付きあっていたら身がもたない。お前はミントのフレーバーで中毒の頭がしゃっきりしているのかもしれないが、こちとら連日徹夜で今にもぶっ倒れそうなんだよ。
お前を殺せるのは俺だけだ。しかしだからといって、必ずしも要望どおりにしてやるとはかぎらない。いっそこのまま生き恥をさらしたままにして、未来永劫苦しめてやるという手だってある。禁断症状に苛まれたすえに我を忘れてルヴィリアを火の海に変えようが、そんなのは知ったことではない。いざとなったらさっさと逃げるさ。なにせ今も変わらず、自由の身だからな。
そこで空から降ってきた包みがコツンと頭に当たり、アルフレッドは空をあおぐ。
夏とあって今日は一段と日差しが強い。今はまだ大丈夫そうだが、もうしばらくしたら地面に落ちたチョコレートが溶けてしまう可能性がある。なるべく早く回収するように、祭りの参加者たちをたきつけなくては。
シンがじっと見ている。
ああ、そうか。俺の言葉を待っているのだ。
真っ赤な瞳の奥にすがるような色が宿っているのを見つけて、モヤモヤとした気分がようやく晴れていくのを感じた。お前はお願いする立場なんだから、毎度そうやって尻尾を振って、相手のご機嫌を取るのが正解なんだよ。
だが、一度ワンと鳴いたくらいでうまくいくと思ったら大間違いさ。同情を誘えばご褒美がもらえると甘く見ているのかもしれないが、ご主人様の返事はこうだ。
誰が、
「お前のためな──」
アルフレッドが覚えているのはそこまでだ。
あとで聞いた話によると、いきなり前のめりにぶっ倒れたらしい。
寝不足からきた、熱中症で。




