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第三話 4-3



 観客の視線がいっせいに集まってくる。

 アルフレッドはまるでサーカスの猛獣使いにでもなったような気分だった。 


 究極に対しての期待感からか、シンはコンテストの審査員らしい余裕たっぷりの佇まいを取り戻している。しかしその細く白い手はかすかに震えているし、いつまた理性を失うかわかったものではなかった。


 チョコレート中毒は思っていた以上に悪化しているようだ。

 定期的にカカオを摂取していればある程度は抑えられるものだと踏んでいたが、そんな見こみは楽観的すぎたかもしれない。この様子からすると相当に前から禁断症状に苛まれているとみえるが、はたしていつから我慢しているのだろうか。


 まさか──隷属契約を解除した、あのときから?

 錬金術師の優れた観察眼と分析力が、吸血鬼のついた嘘を看破する。 


 シンは最初からずっと菓子職人たちが作ったチョコレートでは満足していない。アルフレッドの手から生みだされた作品のみが禁断症状を和らげていたのに、この男は自らその供給を断ったのだ。 


 強引に血を啜ったことに対する贖罪か、プライドの高さからくる痩せ我慢か。

理由はさておき、目の前の化け物は爆発寸前にまで追いこまれているのは間違いなさそうだ。

 アルフレッドはおおきく息を吐き、はた迷惑な中毒患者にいった。


「お前はチョコレートの本質をまったく理解していない。そんな男が偉そうに審査員なんぞやりだしたもんだから、会場がこんな冷めきった空気になるんだよ」

「いきなりのご挨拶だね。そういう君は自分の作品らしきものを一粒も用意していないようだが、今から私の求める『究極』を作ってくれるのかな」

「笑わせるな。俺はそんなもんここで作るつもりはないぞ」


 シンは眉をひそめる。ではどこかに隠し持っているのか? という顔だ。

 しかし吸血鬼の並外れた嗅覚をもってすれば、アルフレッドの手にも鞄の中にもチョコレートは一粒もないことはすぐに察せられるだろう。お高くとまった超常者に困惑されるというのは、なかなかに愉快な体験であった。 


「こだわりを求めるのはけっこうだが、だからといって味や品質にばかり傾倒していたら本質を見失う。完璧な作品という意味ではカーリムのこれが──」 


 アルフレッドは壇上のチョコレートを一粒つまむ。 


「ひとつの正解だよ。お前自身がそう評価したように」


 だが、シンはその味に満足できなかった。

 ならば究極とは、高い品質を求めれば達成できるようなものではないということだ。


 創意工夫を旨とする錬金術師からしてみれば『洗練された技法に最高の品種を合わせれば完璧』という安直なアプローチにいたる時点で凡夫と唾棄すべきところである。

 アルフレッド自身も成果を焦るあまり、目の前にふっと現れたわかりやすい答えに飛びつきかけていた。だが品種の良し悪しなんてのはあくまでチョコレートの魅力を引きあげる要素のひとつでしかない。ホワイトカカオ自体がいかに素晴らしいものであっても、それだけで究極の甘美にいたるというような、決定的な切り札にはなりえないのだ。


「チョコレートってのは本来、ただの嗜好品さ。口にすることで味わいを『楽しむ』──それを目的として作りだされたものだから、当然ながら本質もその一点のみにある。しかしこだわりや執着ってのは難儀でな、高みを求めれば求めるほど、最初に感じた喜びや感動ってのを忘れちまう」

「今の私が、そうであると」

「違うと思うか? 千年も生きている分際で、なにをそんなに焦ってやがる」


 シンは珍しく動揺をあらわにする。

 自覚がなかったというより、己が抱いている感情がそういったたぐいのものであると、アルフレッドに指摘されてようやく理解したようなご様子だ。


 超常者らしからぬ、きわめて人間的な心の揺らぎ。

 禁断症状だけではない。長らく求めていた『最高の終わり』が手の届くところまで近づいてきたからこそ、吸血鬼は焦りという感情をはじめて抱き、本来の余裕を失っている。 


「飢えて、焦って、がっついて。それでせっかくのご褒美を味わえるわけねえだろ。本末転倒なんだよ、今のお前の向きあいかたはな」


 だから──と、アルフレッドはいたずらっ子のように笑う。

 まずは思いださせてやる。チョコレートの魅力を。

 その、心躍るような楽しさを。 


「ほら、そろそろ降ってくるころさ」

「なにがだ? 雨になるような気配はないが」


 シンは頭上をあおぎ、青々と晴れわたる空を眺めながら眉をひそめる。

 しかし直後、あちこちから歓声があがった。

 壇上にいる菓子職人やカーリムも戸惑い、なにごとかと空を見あげる。  

 やがてコツッと音が響き、木製のステージになにかが転がった。


「これは……チョコレート?」

「風船の紐にくくりつけておいた、な」


 包みを拾いあげた吸血鬼に向かって、得意げに告げる。

 錬金術科の催しごとを手伝ったとき、風船の残骸をどう回収するかが課題だった。そこでアルフレッドはお菓子を紐にくくりつけ、参加者の皆さんにそれ目当てで拾ってもらおうと考えたわけである。

 ちょっとしたお宝探しになるし、ただ風船を眺めているよりも楽しめる。


「俺が作ったのはあくまで祭事を盛りあげるためのオマケだ。究極なんて微塵もねえお粗末な代物さ。しかし中にはお前が忘れかけていたチョコレート本来の魅力が詰まっている」 


 シンは震える手でたどたどしく包みを開け、中身を口に入れる。

 しばしの静寂のあと。

 暴君と化していた吸血鬼は少年のように無邪気な顔で笑った。


「はっはっは! やっぱり君は最高だな、アルフレッド! 確かにこれは究極ではない。だが、私はそれを得たときのように感動している。このチョコレートは新たな発見であり、同時にいいようのない懐かしさを抱かせてくれるものだ。千年以上も生きてきて、いまだこうも驚くことがあろうとは!」

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― 新着の感想 ―
なんてファンシーで、スマートなやり口! カッケェなあ、アルフレッド!
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