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第三話 3-2



 同時刻。アルフレッドは頭痛と眠気に苛まれながら、祭りの喧騒を眺めていた。


 結局がっつりと錬金術科の催しごとに関わってしまい、連日徹夜で準備に追われていた。

 できれば今すぐ帰ってベッドにダイブしたいのだが、せめて計画の成否を確認するまではと、身体をふらつかせながらスタートの合図を待っている次第である。


 最終的に決まったプランはというと……ルヴィリア商工会協力のもと、港口に隊列する船の甲板からいっせいにゴム風船を飛ばし、夏の空を鮮やかに彩ることになっている。

 この時期は北ないし北西に風が吹くため、ゴム風船はゆっくりと浮上したのち、上空の冷気で凍結し粉々になったあとで祭りの会場付近に落下する。

 目と鼻の先に降ってくるのであれば、来場者だって回収に参加する気になるだろう。つい拾いたくなってしまうような工夫も添えておけば、完璧だ。 


 まだちょっと時間があるな。そう考えたところで腹の虫がぐうと鳴る。

 忙しすぎて朝からほとんどなにも口にしていなかった。ちょうど祭りの出店が並んでいることだし、時間潰しがてら買いだしでもしておくか。


 海沿いの町とあって、ルヴィリアでもっとも調達しやすい食材は漁港から水揚げされた海産物である。魚はもちろん海老や貝、とくにホタテは絶品だ。 

 当然出店の定番にもなっており、これまた名産であるレモンの汁を絞ってから頬張れば、旨みの汁が口の中にどばっと溢れだす。バターで焼くのもありだが、アルフレッド的には塩すらかけずシンプルにいただくのが好みであった。 


 生まれ育った故郷は北の北、海産物はおろか作物すらろくに実らない不毛の地。だから美味いものが豊富というだけで天国のように感じられてしまう。

 さて次はどれを味見しようか。再び歩きだしたところで、物珍しい出店が視界に入る。

 黒とピンクで縁取りされているポップな看板は、書きなぐったような文字ばかりが並ぶ中でよく目立つ。


 ──チョコレートはいかが?


 アルフレッドは足をとめ、仁王立ちになってにらみつける。

 喧騒うずまく雑踏の中、宿敵とばったり出くわしたような気分だった。商魂たくましいことに……件のコンテストに出展する菓子職人たちが、自らの店で作っているお菓子を出店でも提供しているらしい。 


「審査員が食べているところを見ているだけではつまらないしな。催しごとである以上、祭事に参加する観衆も味わってこそ、か」


 アルフレッドは納得したようにひとりごちる。

 コンテストに出るつもりは毛頭ないものの、どんな作品が出展されるのかについては興味がある。出店で提供するとなると完全再現とはいかないだろうが、彼らの創意工夫の一端はうかがい知ることができるはずだ。


 そんなわけでチョコレートの出店をついつい何軒も寄ってしまう。感心すべきはどのお菓子も量産性と携帯性に優れていることだ。日頃から観光客や地元住民を相手にしているだけあり、そういった気配りにおいては彼らのほうがずっと長けているかもしれない。 


 たとえば表面を白い糖衣で包んだ、キャンディーのようなチョコレート。砂糖でコーティングすることでつまんだときに溶けにくくなり、黒一色の粒が並ぶ出店の中で目を引くことができる。種類が豊富だったのはオランジェットのような、砂糖漬けした果実にチョコレートをかけたもの。南国から輸入された生のバナナにそのままかけた品まであり、その大胆さについては見習うべきところがあった。


 ほかにも、コイン状のチョコレートにナッツやドライプラムを乗せたマンディアン。焼き菓子の定番クッキーにチョコチップを練りこんだもの。泡だてた卵白に砂糖を加え、サクッと焼きあげたあとにココアパウダーをまぶしたショコラメレンゲ──考えようによってはゴルドック商会の計略にまんまとハマり、アルフレッドはちょっとした審査員気分になってそれなりに楽しんでしまった。 


 といっても所詮は出店。究極を突きつめるとなると品質にばらつきがありすぎるし、ほとんどの作品はかつて自分が編みだしたレシピから派生したものなので、独創性に欠けるともいえる。アルフレッドが彼らと同じ立場であったら、この程度の出来栄えでは満足せず、さらなるアプローチを模索していただろう。

 糖衣で包むだけではなく、色や形にバリエーションをつけてみるとか。白だけでなく赤や黄色もあれば、いっそう華やかで楽しいチョコレートになるはずだ。


 とはいえ祭りの会場を歩いている群衆はといえば、あれがよかったこれがよかったと囁きあい、多種多様な魅力の虜になっている。作り手になっていたぶん舌が肥えてしまったが、はじめて口にするものからすれば驚きの連続なのは間違いない。


 アルフレッドは口のまわりをベタベタにしながら、破顔する。

 たぶんこれが、俺があのとき感じた『可能性』だ。


 レオナルドが二百年前に種を蒔き、自分が嫌々ながらも水をやり、ルヴィリアの菓子職人が総出になって収穫したひとつの成果。カーリムによる固形チョコレートの再発明も当然ながら影響を与えているかもしれないが、このうねりのような熱狂を生みだしたのは間違いなく吸血鬼シンの執着だ。


 しかしだからこそ、残念にも感じられる。チョコレートに対しての渇望から禁断症状に陥り、無様な姿を晒しながら究極を求めざるをえなくなったあの男の境遇を。

 はたしてあの状態で、カカオの織りなす風味を堪能する余裕はあるのだろうか。菓子職人たちを焚きつけ、競争の中で優劣を決め、品質や独創性を突きつめていくのは結構だが──チョコレートなんてものはそもそも、たかが『嗜好品』だ。


 そこまで考えたとき、海の向こうで風船が空高く舞っていくのが見えた。

 ああ、ちくしょう。本来の目的を忘れていた。

 出店に気を取られてうっかりだなんて。ガキじゃあるまいし、馬鹿か俺は。


 アルフレッドは舌打ちし、手に持ったチョコレートをにらみつける。

 物事の本質を見極めんとする錬金術師は、客観的事実を無視することができない。たとえそれが自身にとって不都合な事象であったとしても、観測してしまったからには受けいれなくてはならないのだ。


 自分は今、数日かけて作りあげた空飛ぶ風船より、この忌々しい菓子のほうに夢中になっていた。黒々として美しく、口に入れるとほっぺたが落ちそうになるほど甘く、なにより知れば知るほど奥深い甘美の結晶。


 ──私は今まで、これほどの生きがいを感じたことはない!


 シンの歌うような賛辞が頭の中で響き、いっそう険しい顔になってしまう。

 屋敷を出て以降、アルフレッドの中で燻っていたモヤモヤ。その正体がようやく仄暗い靄の狭間から姿を現し、嘲るような笑みを浮かべている。


 俺は感じていたのか? あの男と同じように。

 チョコレートの中に、生きがいを。


 嗜好品として味わうのではなく隷属契約を破棄するためとはいえ、究極のレシピを編みだすまでの過程にやりがいを感じていたことは否定しない。嫌々ながらもはじめてみたら思いのほか奥深く、知的好奇心をくすぐられていたのも事実ではある。今だって他人の作品を口にしながら俺ならこーするだとか頼まれてもいないのに考えて、新たなチョコレートの道を切り開こうとしている始末である。


 認めるのは癪だが……カカオについて分析し、この手で極上の甘美を作りださんとする行為は、錬金術の実験に打ちこむとき以上に刺激的な挑戦だった。 


 そう、楽しかったのだ。

 あいつと同じくらい、瞳をキラキラと輝かせて。

 知らず識らずのうちに、チョコレートの魅力にどっぷりはまりこんでいた。


 だからこそ苛ついていた。

 結局のところ、シンが語るような究極は価値観のひとつでしかない。道ゆく人々にたずねれば、きっと「どうでもよくない?」と返ってくるだろう。そのあとに続く言葉は「美味しければ」──いや、味の優劣すらもこの場においては重要ではないはずだ。


 気がつけばアルフレッドは走りだしていた。

 錬金術の実験をしているときにも、こういう失敗をやらかすことがある。はるか先にあるゴールにばかり気を取られて、探究をはじめたころには重々承知していた前提を忘れてしまうのだ。

 そうなったら慌てて拾いにいって、もう一度やり直すしかない。 


 ……最初から?

 正気かよ。冗談じゃねえぞ。


 しかし頭痛と眠気がひどすぎて、普段の冷静さを失っている。

 ずっと頭にこびりついていた。実験そっちのけで考え続けていた。 


 品質、だけではない。独創性、だけでもない。

 チョコレートの魅力は、そんな堅苦しい言葉だけでは語れない。


 一番大切なことを置きざりにしたまま究極を追い究めようだなんて、浅はかな振る舞いにもほどがある。錬金術師の性分として、前提となる条件に間違いを見つけたなら、なにがなんでも訂正してやらなきゃ気がすまない。 


 俺を巻きこんでおいて。

 こんな楽しいことを、教えておいて。


 お前は今、楽しめているか。吸血鬼!

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