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第二話 5-1



 探究の基本は分析だ。自分が目指すものに近い実験や挑戦が成功した事例があれば、それは極上のサンプルとなる。レオナルドのレシピから、新たな可能性を見いだしたように。

 吸血鬼の王が滅ぼされた事例はふたつある。

 ならば参考にするのは聖女アニエラと巨匠ゼクセンの偉業である。


 しかしグリンデンの墓を先日たずねてみたものの、とくに有益な情報は得られなかった。かの王の不死性を打ち破った生の実感は『無償の愛』──シンからそういった感情を引きだすのは現実的ではないし、なによりうすら寒すぎて勘弁願いたいところだ。

 そもそも対人関係によって芽生える深い感情ほど、再現性の低い成果はないだろう。グリンデンの事例から新たな究極を模索するのは、冴えた考えとはいいがたい。


 では、マーリゥのほうはどうだろう。

 かの王は巨匠ゼクセンの絵画に感銘を受けて灰になった。彼が得た生の実感は『圧倒的な美』である。それは人の手によって生みだされた作品。品質や技術、アイディアを積み重ねた先にある『究極の甘美』──すなわちチョコレートと非常に近いものだ。


 マーリゥの墓はルヴィリアのアーネストデン美術館にあり、かの王を滅ぼしたゼクセンの絵画も同じ敷地内に展示されている。

 錬金術の徒として博物館であれば興味があるものの、ただの美術館となるとさっぱりだ。そのためルヴィリアにきてから一度も足を運んでいなかった。いっそこの機会に鑑賞してみるのも悪くない。うまくいけば歴史的な巨匠から、チョコレートを作るうえでのインスピレーションが得られるかもしれないのだから。


 そうしてシンに殺されかけた傷も癒えてきたころ。アルフレッドは日課のチョコレート作りをこなしたあと、美術館めぐりをすることに決めた。 

 気分をあげるために今回は芸術性を重視して、作品も派手にデコレーション。

 温めれば溶けて冷やせば固まるチョコレートの特性は、鋳造の要領で造形に工夫を凝らすことができる。味で新鮮味を出すのはさすがにネタ切れ気味なので、見ための華やかさで勝負しようという作戦だ。 


 まずは作業台に金属の枠を作り、そこに溶けたチョコレートを流しこむ。半乾きの柔らかいうちに台から剥がしてくるりと巻けば、土台となる円柱の出来上がり。次に職人街のキャンドル工房から借りてきた型を使い、カカオの蝋燭を作る。仕上げに表面に施された彫刻を建物の装飾に見立て、土台を覆うように貼りつけていけば──セーブル王国によくある、聖サングリア教の聖堂の完成だ。 


 周囲を覆うパーツは事前に粉末色素の二酸化チタンを混ぜておいた。これで味は変わらず真っ白なチョコレートになる。魔女狩りや悪魔退治で有名な宗教団体をモチーフにしたところは吸血鬼に対しての嫌がらせである。

 ところが、食堂に現れたシンは作品を一目見るなりこういった。


「聖サングリア教の建造物は私の数少ないお気に入りのひとつだ。なるほど、君はシンという男についてよく調べてきたらしい。それにチョコレートをこんな真っ白に染めてみせるなんて、いったいどんな魔法を使ったんだい?」


 思っていた反応と全然違う。

 しかもせっかくの力作に容赦なくフォークを刺して粉砕していく始末だ。

 考えてみれば聖堂を模したチョコレートを食べるなんて行為はまさに吸血鬼好みの冒涜。嫌がらせどころか屈指の高評価をいただく結果になってしまった。


「詮索されるのはあまり好きではないのだけど、そういった過程もお互いの絆を深めるためには必要ということなのかな。私は今、全身の臓腑で君の愛を感じているよ」

「気色の悪いことをいうな! 俺はただ、なにがなんでもお前を殺さなくちゃならねえって危機感に苛まれているだけだっつの。事前に交わした条件を弁明もなしに反故にされた以上、いつまた襲われるかわかったもんじゃねえからな」  

「おっと、今のは銀の銃弾よりも効いたよ。……君が探究を続けていくかぎり、吸血行為は行わない。私がそう誓ったことはまぎれもない事実さ。ゆえに契約が遵守されなかった点を咎めるのは、隷属者として真っ当な権利である」 


 燭台ほどのサイズがあった聖堂をぺろりとたいらげたシンは、フォークを置いて神妙な顔をする。ほっぺたにチョコつけたまま謝意を示すつもりか、こいつ。


「しかし今は私も『チョコレート』という上位存在に屈した虜囚でしかない。自らの意思とは無関係に行動を縛られる。その結果として起こりえた事故なのだから、雇い主を中毒者にした君にも責任の一端はあるとはいえないだろうか」

「あるわけねえだろぶっ殺すぞ。どんだけ自分に都合よく解釈できるんだその頭は」


 まったく反省の色がない。つくづく不毛な会話である。 


「禁断症状で死んでくれたら楽なんだけどな。実際のところ肉体へのダメージはないのか。弱みを握られたくないから隠している、とかじゃないよな?」

「あの状態は弱っているというより、原初に近い存在に戻っているというのが正しい。自らを決定づける自我が損なわれたなら『神秘』そのものと化し、いずれはエーテルを貪るだけの災禍となろう。ルヴィリアの民は残らず骸となり、大地は再生不可能なまでに枯れはてる。つまり終わりを迎えるのは私ではなく、それ以外のすべてということになるわけだ」


 他人事のように語るシンに、思わず険しい顔になる。

 チョコレートを食べたいと駄々をこねる化け物が、都市をまるごと破壊しつくす絵面は実に滑稽で救いがたい。しかもこの吸血鬼をそこまではた迷惑な存在に変貌させたのは、ほかならぬアルフレッドである。完全な被害者ではあるものの、だからといって静観を決めこんではいられないだろう。 


「俺ひとりに背負わされるには過酷すぎる試練だな。くそったれ」

「はっはっは。君はそういうのに燃えるタイプだと思っていたのだけどね」


 とことん無責任な化け物は、高らかに笑いながらパチンと指を鳴らした。

 隅に控えていたクリムがすかさず近寄り、主人の頬についたチョコレートをハンカチで拭く。そのあとで卓に灰色の紙束を置いた。 


 セーブルタイムス。活版印刷が発明されて以来、国内で圧倒的シェアを誇る大衆紙。

 錬金術の実験で忙しかったりシンに襲われ死にかけたりしていたので、アルフレッドが最後に手に取ったのは一ヶ月以上前である。しかしトレンドに疎いのはシンだって同じはずだ。数百年前に流行った装飾過多な衣装に身を包み、チョコレートに対しての執着が強すぎるあまり世俗への興味を失っている。

 そんな男がわざわざ新聞紙を持ちだしてくるとなると……。


「クリムが実に興味深い知らせを届けてくれたよ。私にとっては朗報だったが、君の立場からするとどうなのかな。三面の端にある記事を読んでみたまえ」


 アルフレッドは眼鏡の位置を直しつつ、新聞紙を広げてみる。それはニュースというより広告に近い内容で、見だしにはでかでかとこう記されていた。 


 ──パキッと歯ごたえ! 甘くてとろーり!

 ──あなたもいかが? 食べるチョコレート!


 隣には看板風のイラスト。金髪美女がお菓子をくわえ、腰に手を当ててポーズを決めている。真っ黒なブロック状のそれは、どう見ても固形チョコレート。しかも世間にはまだ知られていないはずの、レオナルドの作品に酷似している。 


「誰かが外にレシピを持ちだしたのか? ……って、仕掛け人はゴルドック商会じゃねえか。あのジジイ、性懲りもなく他人のアイディア使って一儲けしようって腹だな」

「いや、レオナルドとはまったくの無関係らしい。ルヴィリアの民が名前すら知らなかった遠い異国の地で、薬剤師のせがれが菓子職人を志した。彼はカカオを原料とした飲料の芳潤な香りに目をつけ、いくつかの試作を経て固形化を成功させた。その話題が我々のところまで届いたのはつい最近だが、実際に起こった出来事としては三年以上前になる」


「つまり、俺がお前と出会うよりずっと前に」

「自力であのレシピを編みだした者がいた、という話になるね。世界は広く、人は星の数ほど多い。ましてや文明は飛躍的な速度で発展を続けているのだから、そう遠くないうちに起こりうる話ではあった。嗚呼、我が友レオナルドよ。いかなる天才も歩みをとめた時点で過去となり、新たにやってきた若人にその席を譲ることになる。君はきっとその事実を歓迎するに違いない。私と同じように」


 吸血鬼の王はいつになく嬉しそうだった。中毒者らしい虚ろな目をさまよわせて、二百年前にいなくなった人間に向かってなにやら囁きかけている。

 一方のアルフレッドはといえば、辛酸を嘗めたような顔つきになっていた。 


 ……俺は天才だ。いつかレオナルドだって超えてみせるつもりでいる。

 だが世界は広く、人は星の数ほど多い。

 若くして頭角をあらわす天才なんて、探せばごまんといるわけだ。 


 自分はそのうちの、ひとりにすぎない。

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