第一話 6-2
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錬金術師はなぜ不老不死を求めるのか。
この世界を探究しつくすには、人間の一生は短すぎるからだ。化け物の仲間入りなんてまっぴらだ、そういってシンの要求を撥ねのけたアルフレッドにせよ、今の身体のまま寿命を延ばせる霊薬があったなら迷わず飲み干すだろう。
では、永劫に近いときを生きてきた吸血鬼はいったいなにを求めるのか。
その答えは実に倒錯的で救いがたいものだった。
「ごく一般的なというと奇妙に聞こえるかもしれないが……ルヴィリアの繁華街にたむろしているような下等な吸血鬼であれば、チョコレートごときで滅びたりはしない。しかし私のような完全な不死者はかぎりなく理に反する存在であり、その性質が強すぎるがゆえにある一点においてひどく脆い。グリンデンとマーリゥがなぜ滅びたか、君は正しく理解しているか?」
「グリンデンは身を焦がすほど聖女を愛した。マーリゥは絵画に圧倒的な美を感じた。そしてお前はチョコレートに究極の甘美を感じ、魂が満たされることで滅びようとしている」
「素晴らしい! 君は本当に、物事の本質を見抜くことができるのだね!」
シンは称賛するように拍手する。しかし人を食ったような笑みの中に一抹の翳りが潜んでいることに、アルフレッドは今になってようやく気づいた。
月明かりを浴びて煌めくシルクのような銀髪、磁器のごとく白い肌、ルビーを思わせる赤い瞳。たとえるなら神殿に飾られた仰々しい神像。調和の取れた姿は人の目に美しく映るものだが、度がすぎるといいようのない不安や嫌悪感を抱かせる。
矛盾しているように思えるものの……完全な状態というのは、同時に歪さを内包していることの証左でもあるのだろう。本来あるはずの不都合を無理やり漆喰で塗りかためているだけで、叩けば必ずどこかに亀裂が生じてしまう。
「幸福、愛情、感動──生の実感は、我々にとって唯一の弱点だ。大抵の場合はちょっとした刺激くらいで済むけど、あまりにも強烈な実感を得ると不死性を維持できなくなる。生と死はふたつでひとつだから、片方と親しくなればもう片方からも肩を叩かれるわけさ」
「難儀な体質だな。今後は不老不死の探究にかぎっては手をつけないことにするよ。死なないかわりに生を楽しめないなんて、詐欺にしたってタチが悪い」
「血を吐きながら酒を飲む人間だっているだろ。楽しもうと思えば楽しめる」
「死にたがっているやつに言われても説得力がないぞ……」
しかしこの底抜けに被虐を好む性質こそが、シンが今日まで滅びずにいた理由なのだろう。完全に近い不死性を備えていたはずのほかの王たちは、この地にアカデミーができるはるか以前に滅びさり、今や古いおとぎ話の中にしか存在していないのだから。
錬金術科で閲覧した研究レポートの最後には、こんな一文が添えられていた。
それはテオドール自身が、シンに対しての興味と執着を失った理由でもある。
──あれは完全にはほど遠い、もっとも哀れな生き物だ。
アルフレッドは深く同意する。
不死であるがゆえに、生きる意義そのものに苦痛を感じてしまう。だとしても喜びや感動、愛といった価値あるものを堪能したくて、自らを蝕む毒であると知りながらも渇望し続ける。
しかもその果てにある最大の欲求が、自らの終わりとは。
生を実感できない体質を呪って。苦しみながらもそれを追い求めて。いつしか自らに滅びをもたらす『死』そのものにロマンを抱くようになる。
皮肉な話にもほどがある。だが、人の道を外れるとなるとやはりそういった代償がつきものなのかもしれない。一刻も早く隷属契約を破棄したいという気持ちだけでなく、目の前にいる男を殺してやらなければ、という使命感に近い感情も湧いてくる。
「ぞくぞくするような視線だね。哀れんでいるのかい、私のことを」
「心底うんざりしているよ。自殺志願者に付きあわされる身としてはな」
とはいえアルフレッドは、雇用主の要望にはきっちり応えるタイプである。
稀代の天才ですら成しえなかった、究極への挑戦。
甘美な毒によってもたらされる──『永劫の終わり』だ。
「任せておけ。俺がお前を、チョコレートで殺してやる」




