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第一話 5-1



 翌日の昼。アルフレッドは数日ぶりに王立アカデミーに足を運んだ。

 ルヴィリアのシンボルになっている時計塔がある以外は、よくある赤煉瓦造りの建屋で見るべきところはない。ただ、セーブル王国の最高学府だけあって規模がほかとは段違いだ。


 未来の国政を担う政治学や経済学はもちろん、歴史学や数学、錬金術から細分化した科学と呼ばれる各種学科の校舎が、お互いに寄りそったりにらみあったりするように並んでいる。目当ての錬金術科は入り口からもっとも離れたところ、長方形の敷地の左端にある。なぜその位置かというと、実験で校舎が爆発しても他学科の生徒は被害を免れる、という錬金術師の無秩序性を象徴するような理由からだ。


 世界中から才人が集うため、留学生が多く人種も様々だ。前開きのぴらぴらした衣服をまとう東洋顔の男子学生や、冬でも半裸に近い格好で歩いている北の島国から来た遊牧民の女子学生もいて、大抵はアルフレッドと顔見知りである。

 立ちどまって挨拶ついでに世間話をかわすのだが、日ごろの行いが悪いせいかゴルドック商会の仕業か知らぬ間に死亡説が流れていたらしい。誰もが驚いた顔で「生きてる?」とたずねてくる。こんな会話が平然と成り立つのは、幽霊のルームメートがいることも珍しくないルヴィリアならではかもしれない。


 ところが、である。

 アルフレッドの首筋に奇妙な紋様が刻まれているのを見るや、周囲はにわかにざわめきだした。外からきた留学生たちはそうでもなかったが、ルヴィリア出身の学生や古くからこの地に住んでいる老教授たちの驚きようたるやすさまじく、またたく間に天地がひっくり返ったような大騒ぎになってしまった。


 ルヴィリアの地に都市が築かれてから今日にいたるまでの歴史は、あまりに長い年月がすぎたため正確な数字はわからないが──およそ二千年ともいわれている。その間にシンはたった二度しか隷属契約を結ばなかった。

 つまり吸血鬼の王から寵愛を受けるということ自体が、アカデミーの歴史に残る快挙である。ましてや一度目が『あのレオナルド』なのだから、ルヴィリアの王から直々に、伝説の偉人と同格の逸材としてお墨付きを得たことになってしまうのだ。


 アルフレッドは野心家のわりに、勲章や箔といったものに疎かった。あくまで数字や実績で評価されるべき、というポリシーが強いせいかもしれない。

 だからか戸惑っているうちにあれよあれよと人の波に流され、気がつけば王立アカデミーの学長室で、革張りの黒いソファーに座らされていた。


 対面には立派な白い髭をたくわえた副学長。学長は所用で不在のため、現時点での最高責任者だ。周りには設立記念祝典などの催しごとでしかお目にかからない重鎮たちが、副学長ともども揃って朱色のローブ姿でアルフレッドに好奇のまなざしをそそいでいる。


「アルフレッド・ワーグナー君。いや、この場ではワーグナー様とお呼びすべきか。貴方はご自身がどういった立場にあるかご理解されているだろうか?」

「吸血鬼の家畜ですかね。最近は道化になった気分でもあります」

「冗談じゃない! シン様はアカデミーにおける最大の出資者というだけでなく、歴代のセーブル王たちですらこうべを垂れるほどの存在なのですぞ!? その寵愛を受けた君は、ルヴィリアにすまう数多の神秘や怪異を意のままに操ることができる。ああ、恐ろしい。人の身にはすぎた力が、またしても一介の学生の手にわたるとは……」


「さすがに大袈裟すぎやしませんかね。なにをそんなにビビっているのです?」

「外からきた君は知らないだろうが、かのレオナルドは一度幽鬼の群れを使役してこのアカデミーを滅ぼしかけたのだよ。学食から平日限定お得割が廃止されるなんて納得できない、などという実にくだらない理由でな」


 あまりの暴れっぷりに言葉を失う。アルフレッドとて自他ともに認めるクズではあるものの、さすがにそこまで馬鹿な真似はしない。

 憧れだった偉人の高尚なイメージが音を立てて崩れゆく中、自分がシンを見ているときのような警戒心たっぷりな表情のアカデミー関係者たちに向かって、ため息まじりに宣言する。


「のっぴきならない事情により不本意ながらあのクソ吸血鬼と契約を交わすはめになりましたが、私としては現在のところ彼からお達しのあった依頼をこなすことを条件に破棄しようと考えております。……って、信じられませんか?」

「当たり前だ。レオナルドは最期のときまで王の庇護下にあり続けた。絶大な権威と力を得た者がみすみすそれを手放すはずがない。君のことはアカデミーにきた当初から話題になっていたから知っているが、錬金術師として名をあげるためならいかなる手段であろうとためらわず使うタイプではないか」


 なるほど。確かにその認識も間違いではない。

 しかしアルフレッドにあって、レオナルドにはない動機がある。


「俺は生まれながらの天才ではありません。むしろ昔気質の軍人家系に生まれたがために、虚弱児の落ちこぼれとして幼いころから軽んじられてきました。一族の面汚しである眼鏡小僧がアカデミーにやってきて、錬金術師として名をあげたいとなぜ考えているのか。理由はいたってシンプルです。俺は俺自身の手によって、世界をあっと驚かせるような大事を成しとげたい。その野望を叶えるためには、むしろ『誰かに与えられた力』は邪魔でしかない」


 老人たちは無言のまま。栄えある最高学府の重鎮として、権威にあぐらをかいているような連中だ。伝わるかどうかは微妙なところである。

 だとしても今この場で、あらためて初志を確認しておくのも悪くはない。


「シンと契約を結んでいる以上、俺はどこまでいっても籠の鳥だ。ルヴィリアの外から出られず、アカデミーという狭い世界で燻ることになる。いかに最高学府とはいえ、所詮は一国家の枠組みさ。海を越えて名を知らしめるには、吸血鬼の庇護なんて枷でしかない。レオナルドだってもうちょい長生きできていれば、活躍の舞台をさらに広げようと考えただろうさ」


 そのうえ吸血鬼の求めに応じ続ければ、いずれは自分も化け物の仲間入りだ。裏の世界ではひとかどの存在になれるかもしれないが、日の当たるステージに立つことはできなくなってしまう。

 アルフレッドの目指すべき道はあくまで表の世界にある。ガキのころからさんざん蹴飛ばされてきたクソ親父どもの鼻をあかしてやるためには、あくまで落ちこぼれの眼鏡小僧が持って生まれた力だけで、連中には絶対に成しとげられないような偉業を達成しなければならないのだ。 


 しかしやはりというべきか、アカデミーの老人たちはアルフレッドの言葉を信じきれていないようだった。せめて今後のために誠実な印象を与えておきたかったのだが、まだなにもしていないうちから危険人物扱いである。

 これはまた厄介なことになった。そう思いかけたとき、


「生徒自身がそういっているのですから、信じてみようではありませんか。副学長殿は昔から悪いほうに考えがちです。契約を破棄したいと願っているならアカデミーとしては全面的に協力すべき。吸血鬼の庇護を得るとなった場合でも、やりようによっては我々に益を生むやもしれません」

「それもまあ、一理あるか……」

「もちろん契約の破棄が確認されるまで休学させよう、なんて短絡的な対応を取るべきではありません。学内から排斥しようとすれば彼だって牙をむきますよ」


 その言葉を聞いて唖然とする。副学長のしかめっ面を見るに、ほんの短い間にそこまで話が進んでいたのは間違いなさそうだった。

 すんでのところで助け舟を出してくれた老教授は、アルフレッドにそっと目配せする。

 錬金術の講義をしているときと同じだ。ワーグナー君。最後に質問はあるかね?


「テオドール教授のおっしゃるとおりです。私は〝今のところ〟アカデミーの生徒として模範となる振る舞いを心がけておりますし、シン王と結ばれた不相応な契約を破棄したく考えておりますので、そのためにご協力いただければと」

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