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第一話 1-1

チョコレート、吸血鬼、錬金術……大好きなものを詰めこんでみました。

甘くとろけるゴシックファンタジー。楽しんでいただけたら幸いです。

 第一話 天才錬金術師の甘美な探究


 1


 錬金術師は、金よりも尊いものを知っている。

 吸血鬼は、血よりも甘いものを知っている。


 それは一粒のチョコレート。

 口に入れたらとろけて消えてしまうほどの、儚き契約。

 千年の呪いすら解けてしまうほどの、甘美な誘惑。


 ◇


「急な話で悪いが、今日中にこの工房を畳んでもらう」


 家主のマエッセンが、ため息まじりにそう言った。赤毛の巨漢で、タキシードを着ていなければ海賊にしか見えない。

 寄宿学校時代のあだ名が『眼鏡王子』のアルフレッドとは、まさに正反対の相手。しかし学友の誰よりも気が合い、ルヴィリアの町で再会したあとも腐れ縁を続けていたのだった。

 その男が今──いらない家具を捨てるときのようなまなざしを向けている。


「正気とは思えないな。俺ほどの逸材を手放すつもりか」

「お前が優秀な錬金術師だってことはよく知っているさ。雷を起こす実験で工房の窓を吹っ飛ばしたり、隣家の爺さんに毛生え薬を飲ませて苔玉みたいにしちまったり。鶏みたいに首を絞めてやろうかと思ったことが何度もあったからな」

「電話機を作ったことを忘れるなよ。あれは我ながら画期的な発明だった」

「だったらさっさと窓の修理代や爺さんの慰謝料、ついでに半年ぶんの家賃のツケを払ってくれ。まさか特許の申請もせずに見せびらかしまくったせいで、ゴルドック商会の連中に盗用されたなんてことはねえよなあ?」


 アルフレッドは艶やかな黒髪をかきあげ、ふんと鼻を鳴らす。優れた技術は共有したほうが世のためになるのに、なぜこんな簡単な理屈が通らないのか。


 それともルヴィリアという都会の空気が、純朴な友人を冷めた大人に変えてしまったのだろうか。学生のころは毎日のように冒険家になる夢を語っていたのに、今のマエッセンは現実を見ろだとか無駄な努力はやめろだとか、偏屈な父親みたいな説教をしてきそうだ。


 そういう堅苦しい実家に辟易していたからこそお互い理解者となりえたはずなのだが、彼のほうは結局逃げきることができなかったのかもしれない。

神秘やロマンを冷笑するようになった人間が次に進む道はだいたい決まっている。自分にとって役に立つか立たないか、金になるかならないか。損得だけで万事を判断する、実に退屈で浅ましい生きかただ。


「石ころを金塊にするのが仕事だろうに。その逆をやってりゃ世話ねえぞ」

「錬金術の目的は真理の解明だ。卑金属の変換はひとつの過程でしかなく、探究の果てには神の領域──すなわち、不老不死がある」

「できるのか?」

「ああ。だからもっと金をよこせ」


 返事のかわりに吹っ飛ばされた。マエッセンにぶん殴られたのは、寄宿学校時代に交際相手のご令嬢とうっかり寝てしまったとき以来である。

 確かに自分も友人としては褒められたものではなかったし、借金をしこたま抱えてしまったことには弁解の余地がないかもしれない。だが、せめて荷造りする時間くらいは与えてくれないものだろうか。


 こうしてアルフレッドは麻の白シャツと茶のトラウザーという着のみ着のまま、冬の路地に放りだされることとなった。手元にあるのは尻のポケットに突っこんだままにしていたコイン三枚と、お気に入りの懐中時計と、錬金術師としての崇高な志だけだった。

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