≪上≫
今まで、てっきり“女運が悪い”と思ってきた。
しかし実際に巡り会った女性らは、ことごとく素敵な人ばかりであった、と思っている。
つまり、“女運は良かった”のだった。日本語を極めるには、どうやら僕には難しいようである。
じゃあ、何と言えばいいのだろう?
単純に“縁がなかった”という事になるのだろうか?
最初に好きになったのは、目のパッチリした可愛い女性――その名も瞳チャンだった。まだこちらも、相当に若かりし頃の話だ。
数回のデートを重ねて、これからようやく友だち関係超えを図ろうと口説いてみたのだった。粋がっていた分、今思えばかなり臭い台詞である。多分、何かの曲のタイトルだったような気もする。
「キミのハートに火を点けたい!」
その夜、瞳チャンの家が火事で燃えてしまった。
それから二年後、まだ十分若いと言える頃、再び恋に落ちてしまった。本当に天使のような女性――その名も優子さんだった。
これまた、さらなる発展を望んで口説いてみたのである。今となれば、歯が浮きまくりだ。
「キミって天国から落ちてきた時さ、どこも痛くなかった?」
翌日、彼女はマンションのベランダから足を滑らし転落してしまった。
その四年後、段々間隔が広がっているのが気にはなったが、三度僕は恋の病にかかってしまった。その相手というのは、女神の香漂う女性――その名も香穂里さんだった。
この人こそはと考えた僕は、もうすでに大人の仲間入りをしていた分、若干の落ち着きも覚えていた。そして、このようにナチュラルな口説き文句を言ったのだった。
「あなたには、他の人とは違う何か特別なオーラを感じます」
この一週間後、彼女は新たな宗教団体を作り、自ら教祖に就いてしまった。
幸いな事に、彼女ら全員は今なおご健在である。これが救いといえば、救いだ。
火事は半焼程度、マンションの部屋は二階、それに教祖は今朝の朝刊の三面記事を飾っていた。だが、やはり縁は遠ざかってしまった。
そして、お次は現在進行形の代物である。今お付き合いしているのは、いかにも異国の女性っぽい――その名もミネルバなるものだ。
そして今回の口説き文句は――どこをどう探してみても、口説いた記憶なんぞ一切出てこないのだ。もちろん、逆に口説かれた事も断じてなかった。
兎にも角にも、毎日ギョッとさせられている始末である。
彼女、肉はレア一辺倒なのだ。逆に、僕は焦げるくらいに焼けた肉を食べさせられた、そんな家庭の出だ。まあ国籍の違いだと思えばいい、とは当初考えたものだが。
「レア、ミディアム、ウェルダムから選べるんだから、別に構わないじゃないか!」
その通りだ。だが、レアはレアでも全く火が通っていない、所謂生肉だったらどうだろうか? 生焼けなんかじゃない。生肉そのものだ。
「じゃあ、ユッケはどうなるんだ?」
では、ここで想像して欲しい。食事する度に、いつも口から血を滴らせているやつを。おそらく、十人中十人とも嫌なはずだ。
他には、箸類などは使わずに手掴みで食事を取る事か。そうそうブリかまの時など、食べ終わった後の皿には一本足りとも骨が残っていないのにも、心底驚かされた事がある。子持ちシシャモじゃあるまいし、だ。それから――キリがないのでやめる。
嗜好性における差が激しく違うのは間違いないが、そんなものなんて目をつむりさえすれば、鼻の穴を閉じりさえれば、済む事なのだ、おそらく。
問題は別のところにある。
実は会う度に、彼女には下僕の如く扱われてしまうのである。
言う事を聞いてやらないと即座に機敏を損ね、ついには手まで出してくる始末である。今は上手く避ける事ができるようになったが、最初の頃は諸にその平手を食らっていた。何度となく、失神さえしたものだ。相手が右利きのせいか、僕の左頬は形状が変わってしまった。先日出席した高校の同窓会でも、すぐに僕だと気づいた人物は一人もいなかった程だ。
だが今朝は油断したので、一発お見舞いされて意識が遠のいてしまった。ようやく意識が戻って鏡を見たが、頬に彼女の生命線の跡まで今なおクッキリと残っている。
これでは、身が持つはずもない。その内に大怪我でもさせられたら、それこそ洒落にもならない。
――あんな雌なんて、この世に要らない。
そしてこれこそ、僕にとって生まれて初めて芽生えた感情――殺意だったのである。




