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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

天使が降りてきたので 羽をむしりました ずっと帰って欲しくなかったので ずっと

作者: 寝舟はやせ


 天使の脳みそって青いんだなあ、と思った。

 めだまと同じくらいに綺麗な青色で、ぷにぷにしていて可愛かった。


 美味しかった。


 おいしかった。とっても。


 幸せで、これからは頑張って生きていこう!と思った。

 少なくとも、天使の肉がある内は。


 部屋はゴミ溜めで無職で役所の行き方も分からなくて人と話すのも怖くてたぶんもうすぐ貯金もなくなるけど、

 天使の肉がある内は生きようと思った。


 頑張って生きるね。





 半年前。

 わたしのもとに天使が降りてきた。


 わたしが自宅のベランダから飛び降りようと思って、それでやっぱり辞めにしようと思って、

 でももう柵を越えていたせいで何にも上手くいかなくて、

 足を滑らせて、二階で死ねる訳ないじゃん痛いだけだよ死ねなきゃこまるんだよ痛い思いなんて絶対したくないのにいやだよほんとにやだやだやだやだ

 、

 と、声も出せずに喚いていたところで、

 やだの波の途中に、天使は現れた。


 暖かくて柔らかい天使はそっと私を包みこんで、優しくすくい上げて、元通り、ろくに掃除もしていないベランダに私を戻した。


 天使は冗談みたいに綺麗だった。

 透き通るような白銀の髪に、煌めく青い瞳。すっと通った鼻筋に、ふっくらとした頬が薄く色づいていて、少し小さい唇も奇跡みたいに可愛らしい形で、

 そんな奇跡をゆっくり開いて、

 天使は言った。


 わたしは世界を維持ために必要なパーツで、わたしが死ぬと困るらしい。

 だから神様に言われてあなたを助けにきました、と天使は説明した。


 へえ。そうなんだ。


 神様って死んでから異世界転生させてくれるとか、そういうんじゃないんだ。

 今まで報われなかったから、これからは楽しい人生送ってねって、なんか特別な力くれるとか、そういうんじゃないんだ。


 わたしがいないと困るけど、わたし個人には意味がないから、命さえ繋いでいればそれでいいんだ?


 えー。やだよ。

 神様がいるんなら異世界転生くらいさせてよ。


 いいじゃん。

 だって私の命って特別なんでしょ。

 特別な価値のある特別な存在って、結局ちゃんと報われて、幸せになって、それで最後は素敵な人生になるじゃん。


 いいじゃん。

 そうしてよ。


 全部が全部無理なことは分かっていたので、わたしは天使に言われた通りに部屋に戻った。


 だって怖かったから。足が震えて頭がガンガンして、吐き気が止まらなくて、実際は落ちてもいないのに手足の先が痛いほどに痺れていたから。

 目がちかちかして。真っ暗で真っ白で、わたしは多分、本当は天使の言うことなんて半分も聞いていなかった。


 叩きつけられる前の想像だけで蹲って動けなくなるのに、どうして死のうなんて思ったのだろう。


 窓が開いていたからだよ。

 窓が開いていたから。

 開いていなかったら、また明日も働きに行きました。


 玄関を出るのに二十分もかかって。

 最寄駅で一時間動けなくなるから、始業のずっとずっと前に行くの。


 でも窓が開いていたから飛び降りました。

 それだけ。


 そしたら天使が助けてくれた。

 天使は私に死なれると困るからって、わたしがいかに素晴らしい存在かを話してくれた。

 でも5000兆円くれたりとかはしないんだなあ、と思った。


 別に5000兆円じゃなくていいんだけど。

 三千円とかでいいよ。別に。


 天使は三千円もくれなかったけど、洗濯をしてくれて、掃除もしてくれて、何にもない冷蔵庫の冷凍室の端っこにあるちっちゃいハンバーグを私のために温めてくれた。


 人生で食べたものの中で一番美味しかったかも。

 賞味期限切れてたけど。


 もうそれだけで充分だったから、わたしはまた一生懸命働きました。

 人間の真似が出来ません。人間の真似ができないんですよ、わたしは。

 だからみんな人間扱いしてくれないんです。

 ずっとそう。


 でも、いまは家に帰ったら天使がいるから、頑張りました。


 掃除や洗濯やご飯の準備は天使がしてくれるから、私は頑張って人間のふりをすることだけに集中できた。

 最近良くなったじゃんなんて褒められて、もう一生忘れないからお前の言葉なんて何の意味もないのだけれど人間のフリができるのでちゃんと愛想笑いをして、楽しみにかえりました。


 半年くらいかな。


 天使が一緒にいてくれたのは。



 なんかね、天界に帰っちゃうんだって。

 わたしが最近は大丈夫そうになったから。

 もう平気そうに見えるから。

 死ぬことなんて考えていないように見えるから。


 そういう訳で。


 わたしは天使の羽をむしった。

 ずっとそばにいて欲しかったから。


 天使にも睡眠薬って効くんだね。効いてよかった。効かなかったらどうしようかと思った。

 二度と飛べないように羽をむしって、関節を折り曲げて、捻って、踏み潰して、それから目覚めた天使におはようを言った。


 天使は泣いていた。どうしてこんなことをするのかわからないみたいだった。

 せっかく救いに来たのに。貴方は世界を救うための希望だったのに。どうして。


 言い分は分からなくもなかった。

 助けてあげようとしたのにこんな仕打ちをされたら、確かに傷つくだろうね。


 でも、私が救われたと思ったら、大丈夫だと思ったら、一人で生きていけるように見えたら、あなたはいなくなっちゃうんでしょう。

 そして私はもう一度一人で生きていって、ただ生きていくためだけに生きていて、どうしようもなく周りに追いつけない苦しみにもみんなが笑い合ってるのに一人だけ入れない辛さにも馬鹿だから分かんないだろうって気持ち悪いこと言われても我慢してへらへら笑うことにも意味なんかなくて、まあそんなのあっても困るけど、とにかく、元の通りの、いつ飛び降りたくなるのかも分からない生活に戻るんでしょう。


 耐え難いよね。普通にさ。

 みんな普通そうでしょう。

 耐え難いでしょう、そんなの。


 散々話し合って、分かり合えなくて、それでも私は天使がいるだけで幸せだったけれど、天使はそうじゃなかったみたい。


 ある日帰ったら、天使は道路に頭から落っこちていた。


 天使の脳みそって青いんだなあ、と思った。

 思ってすぐに、拾って帰った。


 落ちたもの食べちゃいけませんって習うけど、

 私は食べ慣れてるから平気だった。

 ありがとうお母さん。世界ごと死んじゃってね!

 


 一つになれるから食べた訳じゃないよ。



 ただそうするととても幸せだっただけです。





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― 新着の感想 ―
とてもよくわかる気持ち 大丈夫そうだからって離れて行く人の羽根をむしりたかった
[一言] かなしくもせつない (´;ω;`)
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