8−19 もう一つの別れ
哀れと言うべきか、
ざまあと言うべきか、
そういうシーンがありますのでご注意を。
キャサリンの遠視・透視による証言と
元側近のクライブ・ラウンドの証言を基に、
フレドリックの捜査が行われた。
フレドリック自身は全ての疑惑に「自分はやっていない」と答え続けた。
だが、明らかに沈む泥船に同乗したがる者はいなかった。
フレドリックの周囲の者は、皆が自分の知る陰謀を証言した。
毅然とした態度で否定を続けたフレドリックだが、
殆ど全ての部下が陰謀を打ち明けてしまったのには打ちのめされた。
彼は『特別な人』として育てられた。
王子だから当然だ。
でもその特別にはもっと上の特別たる父がいて、
兄弟三人の特別の中でも一際高い特別が一人いた。
自分が一際高く評価されない事が彼を傷つけた。
あんな愚直な兄より自分の方が賢いのに…
本当に彼の方が賢かったのかは分からない。
人は自分の得意な事で人の上と下を決めるからだ。
勿論、兄には兄の長所があった。
周囲に素直に接していた事だ。
それが彼には愚かに見えたのだが、
兄弟達の周囲にいる人々の評価は
当然、素直な子供と隠し事をしたがる子供とでは
素直な子供の方が高かった。
普通は素直な子供の方が好感を持たれるからだ。
そして何より、長子相続の原則があった。
後継者争いを避ける為のその原則を覆せる程には
フレドリックの評価は高くならなかった。
能力は兎も角、好感を持たれない性格だからだ。
それでも王弟として兄を支える事が望まれたが、
彼は魔法学院卒業前にそれを拒否した。
愚かな兄を支えて苦労する事が嫌だったのだ。
それが彼の評価を更に下げた。
王弟の立場を幼い第3王子に押し付けて逃げた男と陰で呼ばれる様になった。
対照的に評価が上がった第3王子を彼は憎んだ。
幼い弟も兄同様に愚直だと思っていたから、
そんな弟が賢い自分より高く評価されるのが我慢出来なかった。
学院卒業後、科学院の予算を横領して裏の組織を整備し、
その時を待った。
第3王子は王家の蕃塀であるゴードン家の嫡子と年齢が近く
親しかったから、
ゴードン領を訪れる事があった。
その時に事故に見せかけた暗殺を計画した。
そこまでするとは思っていなかった周囲は無防備だった。
それでも通りすがった村娘の為に暗殺に失敗したらしい。
実行犯は当然、秘密裏に葬った。
その後、
さすがに周囲は警戒する様になったから、
再度の機会を待つ内に、
ハミルトン公の叛意を察知し、彼に近づいた。
科学院絡みで裏の商人とも知己があったから、
闇の魔獣とやらを購入してハミルトン公に託した。
これなら兄すら始末出来るかと期待したが、
ハミルトン公達の力不足で事は成らなかった。
そうして出来る事は段々小さくなっていった。
それでも陰謀に夢中になったのは、
他にするべき仕事が無かったからである事に彼は気付かなかった。
人生を賭けて、とまでは言わなくても、
今年の目標程度の小さな目標すらない事が
彼に道を誤らせた。
そういう将来の目標が無いが故に、
彼は『自分は特別である』という厨二病と
『父親は分かってくれない』という第2次反抗期を続けていた。
要するに自分にも親にも甘えたままだった。
事ここに至っても、
彼は自分の未来が残っていると思っていた。
だから約1ヶ月の捜査の後、自分に毒杯が与えられた事にはショックを受けた。
「何故、自分が死なねばならないんだ!
自分は王子なんだぞ!」
王は言った筈だ。臣籍降下したらもう特権は無いと。
彼は王の言葉を汲み取っていなかった。
人は既得権益を手放さないものだから。
暴れる彼を騎士達は押さえつけ、毒を飲ませた。
吐き出さない様に顎を押さえられた彼は、
言葉にならない言葉で呪詛を唱えた。
「呪っゴボ…てやる…ゲホ…
王都…ガボ…も…王家も…」
その時、どこからともなく現れた黒い蛾の群れが彼に集まってきた。
蛾は彼を抑える騎士達には構わず、
彼の見える皮膚の至るところに取り付いた。
顔面は黒い羽に覆われ、
更に襟や袖から中に入り込み、同様に取り付いた。
既に痙攣を始めていたフレドリックから騎士達は離れたが、
蛾はそのまま口吻を伸ばして死体の体液を吸い取り続けた。
呆然と見守る騎士達の前で、暫く蛾はフレドリックから離れなかった。
やがて蛾が離れていった後には、
干からびて骨と皮だけになった死体が横たわっていた。
呪いはどうやって地に残るのか。
魂が肉体を離れて残るエネルギーを持つなら別だが、
心は脳が壊れると同時に壊れる。
それなら死した心はどこに残るのか。
一つ考えるなら、かつてその者を構成していた液体に心が残り、
それが滲み出た地に心が残るのではないか。
だから体液を吸い尽くしてしまえば、
呪いは残らないのではないか。
王も王家の人々も、
フレドリックの遺体と対面することはなかった。
家族を手に掛けようとした人間を引き続き家族と思える程、
王家の人々は心が広く無かった。
彼自身の行為から、彼は本当に見捨てられていたのだ。
姉妹がライバルなら兄弟も当然ライバルな訳で。
それはそうと、フレドリック関係が微妙に例の婚約破棄ものと似てきてしまったので、
あの時点で婚約破棄の方を先行して投稿しました。
テーマは違う話なんですけどね。
アレックス王子に比べるとフレドリックは女には脇目も振らず、
父上一筋ですね。
それはそうと、蛾さんについては説明なしの方が
ファンタジーで良いですよね?