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8−18 お別れ

 二人の会話が一段落した事で、王はこれからの事を話す事にした。

「そろそろそなたのこれからの事を話そうか。

 教会からそなたを守らねばならない。

 プリムローズ伯はそなたの重要性を知らないし、

 そなたも家族には能力の話をするつもりがない、

 という事でよいか?」

「はい。

 ここで家の中をかき混ぜたくないです。」

「であれば、家名が変わっても良いと思うか?」

「お手数をおかけする事をお許し頂ければ。」

「まあ、信頼する家に預けるくらいは造作も無い。

 そなたの扱いについては元々心配している者もおるのでな。」

「そういう事でしたらお任せします。」

「では、早速両親を呼んでも構わないか?」

「…その、ご迷惑でなければ構いません。」

「エリントン司教に今後の話をしておるのでな。

 大司教が今夜、血迷わないとは限らない。

 早い方が良い。」

「お願いします。」


 そうして王は直ぐにプリムローズ伯爵夫妻を呼び出した。

キャサリンのドレスには騎士の血が数滴かかっていたので、

代わりのドレスが用意されたのだが…

「あの、王国の華と歌われたクレア王女殿下のドレスなんて

 普通の人間の私には似合いません!」

クレア王女は隣国の王太子に見初められて既に嫁いでいるが

伝説の美女である。そのドレスがこの少女に似合うかは微妙だったが、

侍女達は王の命を優先した。

「大丈夫です。お嬢様ならお似合いですよ。」

とりあえず目先の問題として野良猫にドレスを着せる為のおべっかである事は

明らかだが、

必要以上に面倒をかける訳にはいかないのでキャサリンは王宮の侍女達に任せたが…

「無理!超人のスタイルを持つクレア王女殿下の服に合わせて

 コルセットで締めるなんて無理!

 もっと成長されてからのドレスにして下さい!」

「大丈夫ですよ。

 姫様も毎回コルセットには悲鳴をあげられていましたから。」

「増々無理!超人が苦労するドレスなんて無理!」

「大丈夫ですよ。」

王宮の侍女達はとりあえずの役目を優先して、

キャサリン如きの発言は聞き流した。


 そういう訳でプリムローズ伯爵夫妻が

王宮のどちらかと言えばプライベート寄りの事案に使う謁見室に入った時、

王の椅子の後ろに彼女史上一番のおめかしをしたキャサリンが立っていた。

プリムローズ伯爵夫妻はそれが誰か気づかなかった。

「夫妻には急ぎの招集、申し訳なかったな。」

「ご下命とあれば何時でも参上致します。」

「それで話なのだが、

 そなた達の末娘の事だ。

 子育てを終えた夫妻が彼女の面倒を見たいと言ってな、

 それでこうして話をする事にしたのだ。」

プリムローズ伯爵夫妻は急な話に困惑した。

「その、どの様な方がその様なお話をされているのでしょうか?」

「何、下位貴族でな、直接話をするのも憚られるので私に仲介を依頼してきたのだ。

 御息女の噂は聞いているが、

 年の近い子供を同時に育てている為に末娘まで手が回っていないのではないかと

 危惧しているのだ。

 上手く行っているならこういう提案も不要だろうが、

 そうでないなら、人に託すのも一つの手ではないか?」

プリムローズ伯爵としては人に借りを作るのは嫌だが、

この場合、王の提案を蹴ると言う事はキャサリンの教育に責任を持つと言う宣言になる。

伯爵夫妻にはそんな意志も能力も無い。

末娘が憎い訳ではないが、手が回らない以上、改善は見込めない。

「折角の陛下のご提案ですから、前向きに検討したく思います。」

「そうか。

 では早い方が良い。

 今晩から先方へ預けたいと思うが、

 直ぐに御息女に荷造りに向かわせても良いか?」

急な話になったが、何しろ王が前向きな案件である。

伯爵は夫人を見たが、夫人も頷いている。

「はい、先方が前向きなら早い方が良いでしょう。」

「では、早急に養子の手続きを取るが、キャサリン、そなたに異存はないか?」


王が振り向いて話しかけた少女がキャサリンである事に夫妻はこの時、初めて気付いた。

「はい。陛下のご意思に従います。」

「よし。

 では急いで荷馬車と共に御息女を向かわせよう。

 何か持ち出してはならぬ物はあるか?」

質問はプリムローズ伯爵夫妻に向けたものだったが、

夫妻はキャサリンに高価なものを与えた記憶はなかった。

「特にございません。」

「よし。

 ではこの話はこれにて合意とする。

 養子縁組の書類は追って届けさせる故、

 署名後にこちらに返してくれ。」

「御意に。」


 思い通りに話を進めた王は満足した…とは言い難かった。

キャサリンの両親に対する冷たさが、

自分に本音を言わなくなったフレドリックの心を思わせた。

親に見放された子供達は、親に対し心の壁を作り、

その向こう側から出ては来ないのか…


 プリムローズ家の自室に戻ったキャサリンは即、

普段着に着替えた。

ガーベラ以外に二人のメイドが手伝って荷物の箱詰めを行い、

箱詰めが終わった物から

荷馬車に同乗して来た下男が馬車へ運び込んでいった。

そんな時、長女アレクシアがやって来た。

「両親のあなたへの対応には思う事はあったのだけど…

 力になってあげられなくてごめんなさいね。」

「それは両親の問題ですので、

 気にしていません。」

「そうは言ってもね。

 娘という立場も大事だけれど、

 姉という立場も大事だからね。

 その務めを果たせなかったのは、

 悪いと思うのよ。」

「気にしていません。」

アレクシアはふぅっと息を吐き、キャサリンを抱きしめた。

「あなたは私の事を他人と思っているかもしれないけれど、

 私にとっては、あなたは幼い頃に手を繋いで歩いた可愛い妹なの。

 離れていても、例え家名が変わっても、

 それは変わらないから。

 覚えておいて。あなたの姉は何時でもあなたの味方だから。」

…やめて!

私はこの家に何も残さないで出ていくつもりだったのに!

振り向いてみる事を覚えたら、

独りで辛かった事も忘れられなくなってしまうのに…

…でも、私にだって誰かに手を引かれて歩いた記憶はある。

だから、姉を軽く抱きしめ返した。

「私も誰かに手を引かれて歩いた記憶はあるの。

 それがアレクシア姉様かどうかは覚えてないんだけど。」

「それはアンソニーかブレンダかもしれないわ。

 みんなあなたを大切に思っていたんだから。」

今はそうでもなさそうですけどね。

「ありがとう、姉様。

 私は一足早く出ていくけど、

 いつか思い出話が出来るといいね。」

「この家に来たくなかったら、

 私の嫁ぎ先のコクラン伯爵家に来て頂戴。

 何ならお小遣いくらいあげるから。

 でも月に一度くらいにしてね。」

「大丈夫。

 何なら侍女見習いの口を紹介してくれるという友達が出来たから。」

「ふふっ。

 それは安心ね。

 兎も角、ここにもあなたの事を心配している人がいる事だけは

 忘れないで。」


 アレクシアのその言葉が本音なのか、

お愛想の言葉なのかはキャサリンには区別が付かなかった。

それでも、その言葉を貰えたか貰えなかったかで

心のしこりはずっと違う物になった筈だ。

流石に出来る女は違う。

敵わないよ、姉様。


 こうしてキャサリンのプリムローズ家最後の日は終わった。

両親との別れは事務的なものだった。

 幼い女の子が更に小さな女の子の手を引いて歩いている事があります。

この二人はいつまで仲良しでいられるのかな、と思ってしまいます。

評価を受ける年になれば、

家に決して追いつけないライバルがいる事に気付く筈です。

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