1−8 街での遭遇(1)
次の日曜に、貴族向け商店街に行く為にキャンベル子爵家へ歩いていく。
どうせ私に馬車を使う許可など与える訳がないので、
最初から歩いていくつもりだった。
私付きの侍女も付いてくる。
ガーベラというこの侍女は正式には侍女でなく只の住み込みメイドだ。
私の為に貴族子女を雇うつもりなどあの親にはない。
「はああ、出かけるんなら馬車を使う許可を取って下さいよ。」
「そんな許可出る訳ないでしょ。この距離なら歩いてもそんなに時間は変わらないから。」
平気で貴族令嬢に不平不満を口にするんだからメイドとしても態度が悪い。
こいつ、私が家を出された後に間違いなく首になるぞ。
侍女どころかメイドとしてもレベルが低すぎる。
キャンベル家に着いても自分から門番に話しかけようとしない。
主人に挨拶させるつもりかよ。
「ほら、取次を頼んで。」
「えー、キャサリン様が言えば良いじゃないですか。」
「使用人は使用人同士が話すものでしょ。私でも分かる事よ。」
「はいはい。」
馬車が通れる大きな正門は閉じられている。
その横の通用門でガーベラが門番に取次ぎを頼む。
門のサイズといい、中の敷地といい、
プリムローズ家のタウンハウスとほぼ同じ規模だ。
要するに国家統一の最終段階で国に加わった貴族など、
伯爵も子爵も一緒くたにされている。
南部貴族だと伯爵でも扱いが悪いのは
こんなタウンハウスの敷地にも現れている。
と言う事でキャンベル家のタウンハウスに入れてもらうと、
応接室で当主夫妻が迎えてくれた。
「よくおいで頂いた。キャンベル家当主、ヒューゴー・キャンベルだ。」
「お会いできて光栄です。クラーク・プリムローズの娘、
キャサリンです。」
「こちらが妻のジュディだ。」
「初めまして。アイリーンから良く話を聞いているわ。」
「よろしくお願いします。」
腰をかけて、お茶が出されて少し話をする。
「学院では娘はどうだい?」
「少し大人しいところがありますが、
慣れれば色々話してくれて、良い友人です。」
「そうなの。大人しい娘なので心配しているの。」
夫人はアイリーンの事を心配している様だが、
領地で役に立つ様にと魔法の練習を頑張る芯の強い娘だから、
そこまで心配する事はないと思う。
「今日、一緒に過ごすマレー家のシェリルさんが明るい娘で、
二人で結構話が盛り上がっている様ですから、
心配する事は無いと思いますよ。」
お茶を飲む間だけだけれど、
親というものは普通この位は例え次女だとしても心配するものだ、
という人情を感じた。
まあ、私の親にそういう情は求めていないが。
お茶を飲み終えた頃、アイリーンが呼ばれた。
「おはよう。キャサリン。今日は楽しみにしてたのよ?」
「私もよ。まあ、羽目を外さない程度に楽しみましょう。」
そうしてキャンベル家の馬車でマレー家に向かう。
キャンベル夫妻にとっては噂のキャサリンを一目見ておきたかったから
わざわざ挨拶に出たのだが。
「普通に良いお嬢さんだったな。」
「そうですよ、アイリーンが親しくなる位なんだから。
大体、自分の娘の悪評を自ら吹聴する親に、
眉を顰める人も多いんですからね。」
「元々あの家は南部でも評判が良くない方だからな…」
キャンベル夫妻はまともな人達だったから、
キャサリンを正当評価したとも言えるが、
実際のキャサリンはご存知の通りの暴れん坊である。
まあ猫が被れる程度にはまともとは言えた。
マレー家でも当主夫妻の歓迎を受け、
キャンベル家の馬車にシェリルと侍女を乗せて貴族街の中の商業区域に向かう。
何せ全員田舎者だし、物価も良く分からない。
無難に女性向けの小物や文房具を扱うお店に向かった。
さすがに文房具なら貴族の子女でも問題なく購入出来ると思ったんだ。
「さすがに王都。地元では出入りの商人も持ってこない様な
素敵なデザインが揃ってるのね。」
「うちなんて地元では大した文房具はないよ。」
アイリーンもシェリルも王都の文房具のデザインに魅入られた様だ。
キャサリンから見ても王都の平民用日用品店とは異なる絵柄の入った文房具は
素敵に見えた。でも値段がね〜…
花柄の便箋や鳥の柄の封筒を眺める。
出す相手がいないから一度買えばずっと眺められるのだが。
結局、陶製の文鎮を買う事になった。
アイリーンが茶虎の猫柄の文鎮を欲しがり、
シェリルが鯖猫の柄の文鎮を買う等と言い出したので、
キャサリンもハチワレ柄を買う事にしたんだ。
3人でお揃い、しかも微妙に絵柄が違う!
という事に3人共ときめいてしまったんだ。
ブティックも1件入ってみたが、
流石に簡単に注文出来る程お金に余裕のある家の者はいなかったので、
流行りのドレスを教えてもらっただけで店を出た。
田舎者には都会のブティックはハードルが高く緊張したので、
休憩を取る事にした。
流行りの茶菓子が出るという店に入ってみた。
アイリーンはフルーツタルト、シェリルはチーズケーキ、
キャサリンはフルーツケーキにした。
あまり上品ではないが3人ですこしずつ分けて味見をしようと思ったんだ。
結果的にはフルーツタルトが一番豪華だった。値段も高かったし。
「んふふ、フルーツタルトで正解だったね。」
「チーズケーキは見た目より美味しいから!」
「フルーツケーキが一番味も見た目も地味だったね…」
フルーツケーキは普通にドライフルーツの洋酒漬けを混ぜて焼いただけの
伝統的菓子だった。
そんな風にキャサリンは今回完全に油断していた。
その時、店に入ってきたカップルが彼女達の隣の席に案内されてきた。
その男の方が体格の良い若い男、
グレアム・ゴードンだったんだ。