7−7 別館の攻防
2組の監視は私に付いてくる。
第2王子への対応で私がどんな能力を使うか見極める腹か。
…油断した。
ゴードン家も近衛も所詮は王の為に働く。
完全に善意だけで私の為に動いてくれる筈は無かったんだ。
まあ、良い。
光魔法にしか見えない魔法と、風魔法だけ使えば良いんだ。
別館の渡り廊下側に第2王子の手の者である監視が隠れているのが分かる。
監視の目をかわすべく渡り廊下の近くの林の横を腰を沈めて進む。
「いたぞ!」
「集まれ!」
第2王子の護衛達が渡り廊下の近くの林に走っていく。
林の影の人影は別館から離れて逃げていく…
というのは勿論、私の光学情報を投影しているだけだ。
よく見るとその姿は走っていない。
歩く姿の投影場所をどんどん移動して、走っている様に見せているだけだ。
私自身は遠回りをして別館の裏側に歩いて行く。
小さく鋭い風を魔法で作り、シェリルのいる部屋の窓にぶつける。
ガタッと窓枠が音を立てる。
シェリルが驚いて窓を見る。その下にはフードを深く被った女が見える筈。
制服の上着は部屋に置いて、フード付きの外套を羽織ってきたんだ。
シェリルが窓を開けて口を開こうとするので、
口に指を縦に当てて喋らない様に伝える。
手のひらを見せて前後させる。窓から離れて、のジェスチャーだ。
シェリルが窓から離れたのを見計らってロープを投げる。
鈎爪の立てる音を聞いてシェリルが再び窓から顔をだす。
そのロープで降りて!と両手を上下させて伝える。
シェリルは少し戸惑うが、決心してロープを降りてくれた。
ところが第2王子の護衛達もこれを予測していたらしく、
残っていた護衛達がこちらに集まって来た。
シェリルの耳に近づき、
(職員室へ)
と小声で逃げる先を伝える。
シェリルからすれば
フードで隠していてもキャサリンの顔だと分かっている。
頬から顎の線と小さな口が人より綺麗なのだ。
普段は目が虚ろだったり目を開きながら寝ているので台無しにしているが。
そんな間に護衛達は抜剣して近づいて来る。
丸腰の令嬢二人に剣を抜くとは、こいつら気が狂っている。
と心の中で罵っても何も解決しない。
こんなのは想定内だ。
シェリルの腰を平手で叩く。
行って!
シェリルが走り出すのを見た護衛達が踏み込もうとする機先を制して
上空から集めた光を私を中心にして
放射状に護衛達に向けて照射する。
これで視界を奪える筈が…
二人程目を瞑って私に向かってきた。
急いで避けるが、一人の横薙ぎの剣が私の右腕を掠った。
馬鹿野郎!
でも目を瞑って来るのも想定内だ。
上水道の音を増幅してぶつけてやろうと思っていたが、
光を見て驚いた鳩が羽ばたいて逃げている。
この羽音を増幅して私に切りつけた男の耳にぶつける。
これが相当大きな音になった。
眩しさに目を瞑っていた男達が驚いて目を開けて
何が起こっているか確かめようとするが、
それでまた目に光を焼き付けた。
しかもキャサリンの投影は実は空間情報の投影で、
単純な光と音だけではなく、空気圧の変動も投影していた。
鳩の羽ばたく空気圧変化も増幅してぶつけたから、
近くの男達は三半規管をやられて転倒した。
その隙にキャサリンも逃げ出した。
切られた右腕からは少なからず出血があり、
傷口が開かない様にキャサリンは左手で右腕を掴んでいないと
いけなかった。
シェリルは本気で恐怖を感じていたので職員室まで全力で走りついた。
職員室にいたよく知っている女教師を見て緊張が緩んだシェリルは
女教師に抱きついてギャン泣きしだした。
そういう訳で、本件でシェリルが粗相をした等と第2王子が言おうとしても
誰も信じないだろう。
どう見てもシェリルは一方的な被害者だった。
ただし、シェリルを追う者はいなかった。
かれらの目的はあくまでキャサリンの拘束ないしは無礼討ちだったのだ。
第2王子はキャサリンを逃がした護衛達に苦虫を噛み潰した顔になったが、
護衛の一人が言った。
「剣が腕を掠めました。出血している筈です。」
王子はその言葉に勝機を見出した。
どうせ逃げ場は分かっている。
そうして第2王子一行は学院医務室に向かった。
医務室の奥の休憩室に向かう廊下でゴードン家の護衛と
第2王子の一行が言い争いを始めた。
「我々は近衛の補佐としてここを封鎖しております。
殿下であろうともお通し出来ません!」
「貴様、殿下に対して不敬ではないか!
殿下がこの先にいる者に用があると言っているのだ!
近衛とて王族の意志に従うのが筋だろう!」
休憩室の前に立つ二人の近衛の内の一人が説得の為にやって来た。
「例え殿下であろうとも、ここで問題を起こす事は許されません。
近衛師団長からは何人たりとも通さぬ様に指示を受けております。」
第2王子はそんな言葉で退く男では無かった。
「だが王族に危害を加えた人物を拘束するのも近衛の重大任務であろう。
それを確かめるだけだ。一度会わせてもらおうか。
丸腰の私と侍従の二人が証拠を確認するだけなら問題なかろう?」
「危害を加えたという確かな証拠がなければここをお通しする訳にはいきません。」
「だからその証拠が犯人にはあるのだ。
通るぞ。」
第2王子は強引に進んだ。
近衛騎士としてはさすがに王子の手や体を掴む訳にはいかないから、
仕方なく王子を追い越して部屋の中の侍女と女生徒の前に立った。
「では、腕を見せてもらおうか。」
ジョディーもキャサリンも、殿下から口を開く許可が得られていない為、
顔を下に向けて黙っている以外出来なかった。
だから近衛騎士が間に入るしかなかった。
「未婚の女性の肌を見せろというのも礼無きご命令です。
お止め下さい。」
「私の護衛が私に危害を加えようとした女に一太刀浴びせたのだ。
その時切られた腕の傷が何よりの証拠となる。」
仕方がなくキャサリンは一声上げた。
「発言をお許し頂けるでしょうか?」
「申してみよ。」
「上着を脱いで袖を捲り上げればよろしいでしょうか?」
「そうしろと言っている。」
「かしこまりました。」
キャサリンは制服の上着を脱いで椅子の上に置き、
両腕の袖を二の腕まで捲り上げたが、
傷はどこにも無かった。
「何をした?」
王子は青筋を浮かべていた。
キャサリンは王子に対する礼儀として顔を下に向けたまま言った。
「この部屋でずっと休んでおりましたので、
何もしておりません。」
王子は暴発寸前で、何とかこの女に因縁を付けようと言葉を探していたが、
その時、もう一人の新たな近衛騎士がこの休憩室に入って来た。
学院に入りこんでいたキャサリンの監視の一組が監視情報を伝えたので、
王宮からやって来たのだ。
「上意にございます。
皆様、お控え下さい。」
近衛騎士は持ってきた封筒を掲げて見せ、
王家の封蝋と王のサインを見せた。
こうなると第2王子も顔を下げて恭順の意を示さないといけない。
そして騎士は封を開け、内容を読み上げた。
「一つ、第2王子フレドリックはこの時点をもって
学院で行っていたあらゆる行動を中止し、
至急、王宮に向かう事。
こちらにございます。」
そうして近衛騎士は第2王子にその文面を見せた。
第2王子は歯ぎしりをして悔しがったが、
王命に逆らう事は出来ない。
すぐに部屋を出て王宮に向かった。
「一つ、第2王子と何らかの問題が起きた者は、
この時点より自宅に戻り待機すること。
この命令は本日の終了をもって効力を失う。
こちらにございます。」
近衛騎士はキャサリンに文面を見せた。
うろちょろして第2王子の手の者とトラブルを起こされては面倒だから
とっとと帰れとの事だろう。
だからさ、こうなる前に第2王子を止めれば良かったじゃないか、
と改めて思うキャサリンだった。
こうしてキャサリンにとっての今日のトラブルは終了した。
2日連続、投稿後になろうが重い気がするんですが…
今日は大丈夫だといいな。