7−6 何故、窓側が警戒されていないのか
そもそも私が2組から逃げ出したタイミングで、
私の能力とその効果範囲が推測出来る。
1年2組の近くの廊下にいて王子と話した教師は私が逃げ出したタイミングを
見ていただろう。
それで私が長距離監視能力がある事が彼等にバレた。
だから当然、ここでシェリルを連れ出した事を私が見ているのは計算の上だ。
いきなりシェリルを無礼討ちする事はない。
私を釣る餌だからだ。
いずれにせよ、連中の目的地にシェリルを救出に行かないといけない様な
状況を作るんだろう。
近衛は私を外に出してくれるだろうか?
無理だろうな。彼等は私を守る為にここにいて、
シェリルは護衛対象じゃない。
シェリルが犠牲になっても私を外に出さないで守り抜くのが彼等の仕事だ。
それは兎も角、連中の目的地を見定めないといけない。
図書室のあるのは3年の教室がある棟だ。
なんで馬車乗り場から一番遠い1年の教室がある棟までやって来たのか
分かる様に説明してみろよ。作為的過ぎる。
そうして2年の教室のある棟に入り、
そこから渡り廊下を通って部活用の別館に向かう。
シェリルが遠慮気味に話しかける。
「あの…図書室はこちらではありませんが?」
「ああ、せっかく麗しい女性と同行しているのだから、
遠回りをしたいと思ったんだよ。」
嘘臭ぇ!似合わねぇ!
そこまで似合わない言葉を吐いてよく恥ずかしくないな!
シェリルもそんな言葉が王子の本音とは思っていない。
彼女は大分心細そうな顔をしている。
ごめん。きっとグレアムとエディが悪いんだ。
一行は別館に入り、
同行している教師の手引で使われていないらしき部室に入る。
「そこに座ってもらえるかな?」
王子の命令では座らない訳にはいかないが、
密室で男達の中に女の子が一人では悪い風評が立ちかねない。
シェリルはもう泣きそうな顔をしている。
「そんな顔をしなくても良いよ。
しばらくここに居てもらうだけだから。」
そう言って一行はシェリルを残して出ていった。
外側から閂をかけて扉が中からは開かない様にして。
そうして王子達は別館の管理人室に入った。
渡り廊下を通って別館に入ろうとしたら、
その管理人室の前を通らないといけないから、
侵入者の監視にはその部屋が最適だからだ。
一方、シェリルは、
そういう訳でこんなところにいつまでも閉じ込められていたら
悪い噂が立ちかねないので外に出られるか扉を確認したが、
当然開かない。
大分表情を崩しながら窓を確認する。
窓は流石に中から開ける構造だから開くが、
窓から外に出ようとすると高さがある。
外に出られても足を挫いて逃げられない可能性がある。
仕方がないので再び椅子に座り、
両手で顔を覆った。
「何でこんな事に…」
小さな声で呟いた。
さて、助けに行く事は出来ない事はない。
ここから出られればの話だが。
シェリルと私には同じ問題がある。
扉から出ることが出来ない。
窓から降りるには高さがある。
ところが、私には常備している鉈と木登りセットがある。
いつジャンプしてこの王都からおさらばしても良いように、
最低限の道具は鞄に入れてあるのだ。
木登りセットは細めのロープに鈎爪が結んであり、
若い女一人を支える程度の強度はある。
だから、この部屋の窓から降りてシェリルのいる部屋の外まで行き、
風魔法で窓を叩いてシェリルに窓を開けさせれば
鈎爪でロープを渡せる。
のだが、まずここを出る事が出来ない。
ここまでは味方だったが、
ここを出ようとすると行動を阻止する監視が目の前にいる。
ジョディーが声をかけてくる。出来る侍女は視線だけで相手の意志を察知するんだ。
「何か御用でしょうか?」
「いえ、いつもながらお美しくて羨ましいです。」
「お嬢様には敵いません。」
女同士、礼儀正しい関係なら、相手を立てるのが基本だ。
これが出来ないと裏で敵が大量に生まれる。
「そろそろ頃合いではありませんか?」
ジョディーの方から話を促してきた。バレバレか。
「事態をどうお見積りで?」
私が尋ねるが、
「私には分かりかねますが、お嬢様には見えていらっしゃるのでしょう?」
この人にはお世話になっているから嘘を付きたくないが…
所詮は他所の使用人だから心を許してはいけないのだろうが…
分かってもらえないと出してもらえないからなぁ…
素直に言うか。
「友人が第2王子に案内人と称して連れて行かれ、
別館に閉じ込められています。
王子絡みとは言え、男の集団に連れ去られていつまでも
出てこないとなると、悪い噂が立って嫁に行けなくなるかもしれません。
出来れば助けてあげたいんです。」
「それは女として一大事ですね。
それでどうされるおつもりでしょうか?」
「そこの窓からロープを使って降りて、
別館の部屋の窓まで行こうと思います。」
「そうですか、ご助力は出来かねますが、
いねむりをしてしまったという事で見ないふりは出来ます。
それでよろしいでしょうか?」
…それは不味い対応なんじゃないのか?
グレアムがどういう命令を出しているのかは知らないが、
その命令に「見逃せ」というのは無い筈だ。
だが、考えている暇が無い。
「それでは、失礼します。」
と私が言えば、ジョディーは一つ頷いた後、目を閉じている。
まあ、良い。こちらの疑念は戻った時に考えよう。
まずはシェリルを外に出さないと。
鈎爪を窓枠に引っ掛け、ロープを下に下ろす。
なるべく音を立てないように壁に足を付けながらロープを降りる。
ロープを撓らせれば鈎爪は窓枠から外れる。
近くにいる二組の監視は私が見えている筈だが、
近衛もゴードン家の護衛も動かない。
何故?
まあ、良い。
ともかくシェリルさえ解放出来れば、
後は最悪全てを捨てて逃げるだけだ。
鉈で王子の護衛とやり合ったらさすがにまずいですよね。
ていうか、鉈で剣とやり合うのは無理だと思うけど。