1−6 誘拐組織(3)
日曜になった。
帳簿の写しを持って、顔を隠すフード付きの外套を被って出かける。
でも、こんな帳簿に何の意味があるのか。
騎士団詰め所で相手をしてもらえるとは思えない。
とぼとぼと平民街を歩く事しか出来ない。
せめて私に攻撃魔法があれば何とか出来たかもしれないけど。
まあ無理だろう。犯罪者とはいえ、人間を皆殺しに出来るのか?
為す術もなく歩くのに疲れて屋台のスープを飲む。
飲むフリをして下町のボロ家を見てみる。
ああ、荷馬車が止まっている。
夜にでも王都を出ていくんだろう…
どうしよう、6人も売られていってしまう…
ああ、今日もバカ貴族のおぼっちゃまが平民街を歩いている。
こんなところで遊んでないで、貴族なら治安を守れよ!
ああ、腹立ってきた。一言文句付けてやる。
あいつらの事だ、付けている人間がいれば裏通りに誘い込んで
ボコろうとするだろう。
フードを被った怪しい奴が付けてやる。
「エディ。」
「ああ。」
あのグレアムの友人らしき人物はエディと言うらしい。
裏通りの人気のないところに集団は入っていく。
グレアムが振り返って何か口を開こうとしたところに紙束を投げつけてやる。
護衛が防ごうと前に出るが、
そいつが足を踏み降ろす瞬間に思いっきりその足を蹴飛ばしてやる。
護衛が倒れ、グレアムが紙束をキャッチする。
「何のつもりだ?」
「あんた達が遊び歩いてる間に女の子達が攫われてるって話。」
「これは何だ?」紙束を突き出してグレアムが尋ねる。
「売買人数の写し。」
「そんなものをどこで手に入れた?
本物だという証拠は?」
「これだから騎士団とか貴族とか、タマなしのゴミどもは役に立たない!
威張ってるんならその分仕事しろ!
100人以上攫われてるのに何遊んでるんだ!」
護衛達が怒りを顔に出しているが気にしない。
エディの方が口を開く。
「100人以上なのか?」
「この半年の記録だと150人位だった筈。
その記録によればね。」
「数字だけ見せられても何も出来ない。
誰が何をやったという証拠がなければ。」
「これだから貴族なんてキライ!
いつも言い訳だけしてやりたい事しかやらないんだから!」
まずい、涙が溢れてしまった。でも止まらない。
「今日も6人売られて行くっていうのに!!」
グレアムもエディもぎょっとした。
「今日売られる!?まさかどこに捕らえられているか知ってるのか?」
「下町のボロ家の地下!もう荷馬車が来てる!」
グレアムが叫ぶ。
「案内しろ!」
エディが先ほど倒された護衛をみて首を振る。
騎士団に通報しろという事の様だ。
その護衛がどこかに走っていく。
「こっちよ。」
小走りで下町へ走る。
下町の外れに行く前に一度足を止める。
「どうした?」
グレアムが言うのに対し、指一本立てて口に当てる。
「あの浮浪者っぽいのが監視者らしいの。」
地面に棒で簡単な地図を書き、廃棄されたらしき家々の前に座る人影を示す。
「監視者が3人、ボロ家の中に4人。」
こちらの戦力はグレアムとエディともう一人、多分侍従と、護衛が3人だ。
エディは小柄なので率直に言って戦力には入りそうにない。
私?無理に決まってる。攻撃魔法がないんだから。
そういう訳で、騎士団の応援を待つことにする。
だが、連中も素人じゃない。気配で気付いたらしい。
馬車の積み込み作業を始める。
「気づかれたみたい…」
「物音がするな…逃げられるか。おい。」
護衛二人にグレアムが声をかけて、向かわせようとする。
「馬は西を向いているから、そっちを阻止して!」
「見えるのかよ!?」
「多分!」
「動くなよ、俺達は現場に踏み込むから!」
「分かってる!役に立たないから動かない!」
「良い心がけだ。」
グレアム達もボロ家に向かう。
監視者達もボロ家に向かう。
それでも、まともに立ち向かうとは思えない。
護衛とグレアムは体つきがいい。
栄養不良の平民では肉弾戦では勝負にならない。
馬車と荷を逃がす筈だ。
こちらから見ると荷馬車に御者ともう一人が乗り、
手綱で馬に合図して走り出そうとしている。
もちろん、能力で見ているのであちらからはこちらが見えない。
護衛二人が馬車の前に出たところで、二頭立ての馬車が止まるとは思えない。
阻止する作業をしないといけないが…
馬が興奮して立ち上がって転倒したら、馬車の荷もただでは済まないよね…
一生奴隷として生きる、そして直近の問題としては貞操の危機と、
この場で大怪我するのとどっちが良い?
怪我の方が良いよね?
よし、やっちゃうよ!?
キャサリンは視線または指向した地点の情報を得る事が出来る。
それはつまり、光学、音声情報を任意の場所に再現する事が出来るという事だ。
だから、馬の眼の前に、馬が嫌がる物を映せば馬車が逃げるのを阻止出来る。
だから…
その時、グレアムとエディは逃げる馬車を斜め後ろから見ていたが、
馬車の進行方向が光ったような気がした。
そうして馬は足を止め立ち上がり、そこに馬車が衝突して馬も馬車も転倒した。
護衛とグレアムが御者と馬車に乗っていた一人を捕らえたが、
他の犯人達、監視者達は逃げていった。
騎士団が到着したのは全てが終わった後だった。
キャサリンは馬の眼の前に太陽を映し出した。
太陽に向かう方向の光学情報を馬の前に投影したんだ。
その太陽の光を見て眩しがった馬がパニックになったんだ。
馬車が転倒し、御者達が捕らえられたのを確認してキャサリンは消えた。
騎士団に詮索されるのが嫌だったんだ。
怪我の方が良いよね?(他人事)