5−9 踊る人々
元々、巨大蛾の繭の調査は魔法院と科学院の合同で行われていたが、
繭の保管と調査・研究は魔法院の敷地内で行われており、
科学院内への持ち出しは禁止されていた。
科学院勢力による機密漏洩・調査妨害の恐れがあったからである。
つまりフレドリックの手の者による破壊工作が疑われたのである。
現在、クンルン王国による繭の調査は総領事の別邸で行われていた。
スチュアート王国内で大規模災害等が起こった場合に備えて、
総領事別邸は豪華さより広さを求めていた為、
研究員を受け入れ、調査器具の設置も可能だったのだ。
そしてクンルン王国側とスチュアート王国側の情報交換会が
魔法院で2日に1回行われていた為、
フレドリックは科学院から魔法院に向かう馬車の御者に金を握らせ、
クンルン王国の研究者を乗せてくる馬車の御者に手紙を渡させた。
フレドリックとしては既にグレンヴィルの娘から
グレアム・ゴードンが不自然に接触する女の情報を入手していた為、
光魔法師である確証は無かったが、
乙殿下が口にした人物が、多分プリムローズ家の娘である事は推測できた。
だから乙殿下に策を授けたのだ。
魔法学院の授業終了後、馬車乗り場に向かうキャサリンの近くを
グレアムが通りがかり、視線を寄越してきた。
うん、毎度の事ながら見事なアイコンタクトだ。
亡きライラの事を想い、心が少し痛んだ。
そういう訳で今回は喧嘩腰になる事無く、話を始めた。
「どうかした?」
「また、乙殿下が平民街に行きたいと言い出したんだ。
唐突すぎるだけに、何か企みがあると思う。」
「えー、私は行かないよ?」
「ああ、お前を連れ出す気は無い。
だが、通常は総領事邸と総領事別邸の間を行き来する以外には
外出する機会が無い殿下が敢えて外出したがる理由が分からん。
それ以外に外出する場合は、基本的に光魔法師探ししかしていない。
だから、何かやってくると思う。
例えばお前の自宅を訪問して両親を説得するとかな。」
「あー、それは、対策しようが無いね…」
「だから、それをやられても対策出来る様に、
その日はゴードン家に隠れないか?」
「…それはそちらに迷惑だと思うんだけど。」
「言いたくないが、国防上、お前の能力を奪われる訳にはいかない。
ただ、俺達がお前を匿うのは今まで迷惑をかけているという自覚があるのと、
まあ仲間とは思っているんだ。
お前には迷惑な事かもしれないがな。」
くっそー。
確かに実家を直撃されたら、全てを捨てて逃げるしかない。
だけど…捨てるには惜しいと思ってるものがある。
…仲間とか言われると、素直に嬉しい気持ちもある。
ちょろいな。私。
「分かった。今度の日曜?」
「乙殿下は、日曜の午後に西の平民街に行くと言っている。
出来れば朝に来て欲しいが、
無理なら午後早めにフリーマン男爵家の前まで来てくれ。」
あの、強制呼び出し代行担当のフリーマン家か。
不吉だな。
まあ、しょうがない。
「昼を食べる前に出ようとすると侍女がついて来る事になるから、
午後早めにフリーマン家の前に行く事にするよ。」
「分かった。フリーマン家の前に午後一には装飾の無い
馬車を止めておく。」
「済まないね。」
「まあ、今度エディに何か奢ってもらうさ。」
ああ、あいつが諸悪の根源だからね。
そんな動きのある日曜の朝の始まりは不吉な事の連続だった。
ガーベラがキャサリンの髪をとかそうとして何度もひっかかり
痛い思いをさせられた。髪の毛も結構抜けたし。
書庫でクンルン王国の事を調べようとしたら、
誰かが持っていった後だった。
そして部屋に戻る途中で2度も白い蛾が前を横切った。
昼食の際には良く煮てある筈の肉に大きな筋が残っていて
食べる部分が少なかった。
ちなみに食事の内容で他の家族と差別される事は無い。
そういう差があれば料理長が職を失うだろう。
親は特別私を差別はしていないのだ。
ただ単に話かける価値を認めていないだけだ。
そういう訳で、昼食後に平民服の上にフード付きケープを羽織って
プリムローズ家の勝手口から家を出た。
極めつけに目の前を黒猫が尻尾をふりふり歩いていた。
まあ、これは個人的にはご褒美だが、一般的には不吉な事だろう。
ペットショップで生後3ヶ月のベンガルが8万円で売っていました。
もうそれなりのサイズになっても売れ残っているから安くなっているのかもしれません。
ベンガルの若猫…長い四肢が色っぽい美少年でした。
そういう訳で黒猫の一文を入れました。文字数が少なかったので。