5−7 学院の新学期
学院は下期が始まった。
領地に帰っていたアイリーンは内乱時の王都の事を聞きたがった。
「大変だったね。
二人は大丈夫だった?」
「前もって不穏な雰囲気だからって
外出を控える様に親に言われていたから、何とも無かったよ!」
流石にシェリルも反乱を野次馬しに行く度胸はなかった様だ。
キャサリンとしては、平民街の噂でも話すか、と思った。
どっちにしろ、夜間の戦闘を見た子女はいなかった筈だから、
学院の誰も実情は分からない。
「北側の平民街が大分荒れてたらしくて、
未だに危ないらしいって聞いたよ。」
「えーと、反乱側が逃げ込んだって事?」
「実際に衝突する前にそのあたりに隠れてたらしいよ。」
「ああ、それでまだ隠れている人がいるんだ?」
「まあ平民街なんて行かなければ良いんだけどね。」
王家側も反乱側の逃走兵まで厳しく処罰しよう等とする事から
また治安が乱れる事を危惧して、
貴族議会経由で逃走兵達に王都外に出る様に説得して貰っている。
王家関係者が反乱関係者を許すとは言えないから、
間に議会を入れて穏便に排除しようとしているのだ。
それはさておき、アイリーンはシェリルとキャサリンにお土産として
早春に咲く花の押し花の栞を作って持ってきた。
「さすがにアイリーンは女らしいね!」
「ありがとう。大事に使うよ。」
学校が始まった以上、
週に一日しかない休日をあの横暴少年の為に費やすのは、
キャサリンには我慢ならない事だった。
だから次があれば絶対断ると心に決めていた。宣言もしたし。
教室から馬車乗り場に移動する途中、すれ違ったグレアムが視線を寄越した。
仕方ないな…
木陰でグレアムと話をする。
「何?」
「まあ、そう尖るな。
俺が悪かった。あいつを止めれば良かったんだ。」
「つまり止めようとはしたんだ?」
「まあな。でも、殿下がお前に手を出すなら、
見ているところで出させれば対応も出来ると思ったんだ。」
はぁ〜と深いため息をキャサリンは吐いた。
「つまり、扱い易そうだと思われたんだ?」
「そりゃあそうだろうよ。年長者より同年代の方が料理し易いと思うだろ。」
キャサリンの眉間に深い皺が寄った。
「痛い目に会わないと懲りないのかね?」
「痛い目は止めろよ、それこそそれを理由に拘束される。
逃げ足がお前の長所だろう?そっちを使え。」
「そんな事、口に出した覚えはないよ。」
「そうか?」
「…と忠告しに来た訳ね?」
「そうなるな。呼び出しがあれば俺に知らせろ。
抗議してやるから。」
「…最近人間が丸くなったよね。
まあお疲れ様と言ってあげるわ。」
「力になってやるって言ってるんだから、素直に感謝しろよ!?」
「そもそも殿下の前に私を連れてったのが原因だって。」
「それも俺の責任じゃないぞ?」
「分かった。今度会ったらエディを蹴ってやる。」
「あいつは虚弱体質だからあんまり力を込めるなよ?」
「覚えてたらね。」
その翌日、今度は帰り際に通りがかったエディが視線を寄越した。
木陰に入るや否や殺気を発したキャサリンをエディが制止する。
「待って、怒っているのは分かっているから!
今度、何か奢るから!」
「…そういう問題じゃないでしょ?」
と言いながら蹴るのを止めるキャサリンだった。
「で、何?」
「一応、確認しておきたい事があってね。
殿下が君を望んだらどうする?」
眉を顰めたキャサリンがエディの耳に顔を寄せる。
彼女からほんのり香る何かの香料にエディの顔が火照った。
キャサリンは小声で凄んだ。
「フードの女が誰か話したの?」
「もちろん、話してない。」
キャサリンはエディの耳から顔を離した。
「じゃあ、そんな事はないでしょ。
私は変哲のない風魔法師で、国元に連れて帰る様な女じゃない。」
「分かった。もし彼がそういう行動を取ったら必ず阻止するから、
安心して。」
「そんな事になったら当てにはしないけど待ってるから、
早く助けてね。」
「…全く信用されてないみたいだね。」
「気の所為でしょ。」
一方、ヴィンセント・ドラモンド大司教は
先日のクンルン王国の乙殿下との会談で、
彼が聖魔法師を探している事は理解した。
司教達と乙殿下の狙いを話し合った。
「そもそも、あの殿下は何を目的にやって来たのか?
留学等という話は今まで聞いていなかったが。」
「急に決まった様ですね。
隠された目的が何かあると思った方が良いでしょうね。」
「そもそもクンルン王国は独自の宗教を信仰していると聞いているが?」
「自然信仰に近い独自信仰ですね。
多神教に近い形だったと記憶しています。」
「それで教会に来るのだから、
やはり目的は人探しか?
聖魔法師を探している様だったが…」
「国に重病人でもいるのでしょうか?」
「ああもあからさまに探しているとなると、何かありそうだな。
クンルン王国関係者に当たって、理由を探せ。
場合によっては恩を売って見返りを得られるかもしれん。」
「分かりました。」
大司教は爺喋りの方が読みやすかったかもしれませんね。
登場人物の数だけ特徴的な語尾を用意するのも嫌だと思うのですが。