5−2 乙殿下の気まぐれ
この世界ではやはり位の高い者の魔力が強い。
ところが国により魔法体系が多少異なる為、
クンルン王国の王族である少年、乙には魔法の教師と
共に学ぶスチュアート王国の貴族子息が友人として付けられた。
アーガイル公爵の次男、パトリックがその役に付いた。
「乙殿下にご挨拶させて頂ける事、光栄に存じます。」
「お会いできて嬉しいですよ。
公式な場では兎も角、私的な場では殿下は付けなくてよろしいですよ。」
「では、乙様とお呼び致します。」
「では、こちらもパトリック様とお呼び致しましょう。」
魔法については二人共既にある程度の教育と訓練を行っていたので、
クンルン王国とスチュアート王国の魔法の摺合せが
教師を含む3人の教育時の焦点となった。
但し、入学は二人共半年後であるから、
一通りの教育が終われば魔法教育に充てる時間は
それ程必要ではなかった。
二人共12才の少年であるから、
自由な時間があるとなると、さほど知らない町の様子が気になった。
まずは貴族街の商会やレストランに行く事にしたが、
乙殿下が平民街も見たいと言い出し、
パトリックも興味が出てしまった。
そんな冬休みも終わる直前に、
キャサリンの下にまたマーク・フリーマン男爵子息から手紙が来た。
フリーマン家はゴードン家の寄せ子である。
「gとeが待つ。明日午後に西公園に来られたし。
返事無用。」
…いや、こいつが悪い訳ではないのだけど、
毎回、堂々と強制呼び出しを書くよな?
まあ悪いのはgとeだけど。
そういう訳でキャサリンは翌日に平民街寄りの公園まで出かけた。
馬車の外で侍女のジョディーが待っていた。
そうして馬車に乗り、ゴートン家までやって来た。
いつもの応接室でエディとグレアムが待っており、
エディが口を開いた。
「やあ、わざわざ呼び出してすまないね。」
「まあ、まだ冬休み中だから良いけど、
またフードを被る仕事?」
「いや、フードを被らないで良い仕事なんだ。」
キャサリンの眉間に皺が寄った。
「私にフードを被らない仕事が務まると思ってるの?」
エディは兎も角、グレアムは侯爵家の嫡男である。
人を雇うなら一流の人間を雇えるだろう。
この二人の知るところの私の特殊能力は光学覗き見能力だ。
フードを被らないと言う事はその能力を使わないと言う事だから、
それなら私以外の人間の方が役に立つだろう。
「事情があってね。
君の1学年下にクンルン王国の王族が留学する事になったんだ。
それで同年齢のアーガイル公爵の次男を学友に付けたんだけど、
うまく相手をコントロール出来ない様でね。
彼がこの王都の平民街を歩きたいと言い出したのに止めるどころか
自分も行きたいと思ってしまった様なんだ。」
「外国の王族なんて公爵家の12才の子供にコントロール出来ないのは
当然じゃない?」
「それはそうなんだけれどね。
とは言え、王族やら上位貴族の子息が平民街を歩きたいと思うのは
どうかと思うんだ。」
天に唾する発言だねぇ…
「文脈が読めたんだけど、非常に断りたい案件なんだけど?」
「平民街を歩き馴れていて抵抗がない人間が少なくてね。
報酬は弾むから是非同行して欲しくてね。」
「クンルン王国の礼儀なんて分からないよ?」
「最低限は教えるけど、相手もお忍びで平民街を歩くんだ。
外国の礼儀を押し付ける筈はないよ。」
「えーと、護衛とか、何かあった場合に王族と私の間を
取り持ってくれる人はいるの?」
「もちろん、我々二人が同行するよ。」
はぁ、お断り出来ない案件なんだね。
「分かった。何時お忍びのお出かけをするの?」
「この週末だから、明日と明後日にクンルン王国について
基礎的な事を教えるよ。また来てくれ。」
「服装は平民服で良いのね?」
「特にお洒落をする必要はないよ。」
「分かった。」
グレアムからすれば、キャサリンを誘う必要などない。
(エディ…会いたいからって何かあったら面倒な仕事に
こいつを巻き込むなよ。
たまたま機嫌が悪くなかったから引き受けたが、
下手すりゃ一発で嫌われたところだぞ。)
そういう訳で、参加する必然性のない仕事にキャサリンは巻き込まれた。
一応、周囲の不審者を警戒するという仕事ではあるのだが。
王族の世話、なんていうのは年長者を付けるべきと思うんですが、
この場合、御学友なので同学年に入学する子を付けております。