4−14 元気出せ
キャサリンは緊張から解放されたためか、
冬の夜に外で過ごしたためか、
熱を出して寝込んだ。
そうすると仕事が増えるのでメイド兼キャサリン担当侍女のガーベラが
愚痴を言いながら世話をする事になった。
「まったく、暇してるだけなのに熱とか出さないで下さいよ。
仕事が増えるじゃないですか。」
「あなたと違って知恵熱くらい出るのよ。」
「私だって知恵熱くらい出しましたよ。
記憶にないけど。」
記憶にないのに言い切るなよ。
ちなみにキャサリンとガーベラの付き合いは1年になるが、
互いに病気をしない1年だった。
正になんとかは風邪引かない、の二人だった。
熱が下がる頃には王都の治安も大分安定した。
平民街の北街は身元不明者が増えたが、
上水道取水口が近い西街は通常に戻った。
熱が下がったキャサリンは、
そこの壁新聞でゴードン領に隣接する3貴族の反乱が鎮圧された事を知った。
まあ侯爵閣下は隙の無さそうな男だったから、
あの父親が領地に戻ればグレアムの苦労も随分減っただろう。
ちなみに西街の壁新聞は王家から金が出て民間が書いている。
しかし、平民街の物価は元に戻っていなかった。
食材は全て王都外から運び込まれている。
そして王都とハミルトン領討伐部隊の連絡を確保する為、
一部の道路は民間の通行を禁じていた。
その分、王都に流入する食材が減っていた。
そもそも討伐部隊に食料が大分流れていたので、
王都に流入する食材の価格は高騰していた。
(お偉い貴族様が碌でもない事を考えると、
みんな迷惑するよね。
平和が一番だよ。)
蓄えを無駄遣いしたくないキャサリンは
早々に家に戻った。
すると、またマーク・フリーマン男爵子息から手紙が来ていた。
フリーマン家はゴードン家の寄子である。
「gが待つ。明日午後に西公園に来られたし。
返事無用。」
…いや、こいつが悪い訳ではないのだけど、
毎回、堂々と強制呼び出しを書くよね?
まあ悪いのはgだけど。
仕方がないのでフードを被って平民街寄りの公園まで出かけた。
馬車の外で侍女のジョディーが待っていた。
馬車に乗り込み、走り始めるとジョディーが告げた。
「本日はお仕事ではありませんので、
フードは不要との事です。」
「じゃあ、部屋に入ったらフードは取りますね。」
「その様にお願いします。」
ゴードン家の応接室で、
グレアムは立ち上がってキャサリンを迎えた。
「仕事を押し付けておいて途中でいなくなって
済まなかったな。
お前は良くやってくれたのに。」
「それは良いよ。報酬を貰ったからね。
それより、不躾な事を一言言って良い?」
「まあ、公式な場でなければな。」
「じゃあ、言うけど。
…あんた、老けたね?」
キャサリンが最後にゴードン領で見たグレアムも大分疲れていたが、
今のグレアムの表情は老人の様に勢いを感じなかった。
まあ、血判状にグレンヴィル家の名前があった段階で
こうなる事は予想できた。
グレアムは態度は悪いが情の無い人間では無いからだ。
一方、グレアムは精神的に参っていたので、
キャサリンに言われる程、顔に出ていると知らされて
更に落ち込んだ。テーブルに肘を付いて頭を抱えた。
「俺にも色々あったんだよ。」
「…無責任な一言に聞こえるだろうけど、
こういう時に言うべき言葉を言ってやるよ。
あんたの所為じゃないから気にすんな。」
そんな事はグレアムにも分かっているが、
自分は命を狙われ、弟は幽閉、暫くつきあった女は死刑。
これで落ち込まない14才は逆におかしいだろう。
返す言葉が無いグレアムには更なる言葉が必要だろう。
「まあ、落ち込む時は落ち込めば良いさ。
でも学院が始まるまでに上向けとくんだね。
惣領息子としてそれなりに嫁になりたい女はいるだろうけど、
そんなだと本当に金が目当ての女しか寄り付かないよ。
あんたは普段は態度がでかいけど、
その位じゃないと年上の部下が収まらないんだからそれは良いさ。
だから、その位横暴っぽく見える方が女も安心するだろうさ。
しょぼくれてると先が危ないと思われて女も逃げるよ。」
「お前、本当に容赦ないな…」
「尻を蹴っ飛ばさないと動かない駄馬に見えるって事だよ。
ちゃんとお父さんには期待されてるんだろ?
今は萎れてても良いけど、
お父さんが戻ってきた時にそんなだと心配かけるだろうよ。
まだ未成年なんだから、自分が仕事した範囲以外は誰かの所為、
って思っても誰も悪いとは言わないさ。
自分の心を守る為に、誰かの所為にしちゃいなよ。」
「全部が自分の所為とまでは思ってないぞ?」
「大元はハミルトン公であり、目先はグレンヴィルだろ。
だからそいつらの所為にして、
明日起きたらしっかりご飯食べて元気出しな。」
「何か頭の悪い奴に言うような事を言うんだな?」
「あんたは剣でも振ってた方が元気が出るタイプだろ?
そこまで知性派にも見えない。」
「…別に成績は悪くないぞ?」
「でもこういう時に割り切れる程、知性派でも無い。だよね?」
「…」
そうだな、頭が良くて人の上に立つ奴は
時には割り切るものだ。
「分かった。明日は朝食を食べたら元気出す為に剣の素振りでもする。
…気を使わせて悪かったな。」
「まあ、珍しく萎れてるあんたを見れたから、礼はいらないよ。」
「礼を言う程ありがたい言葉を貰った記憶はないが?」
「そうそう、その位性格悪そうな言い方が似合ってるよ。
あんたには。」
「…お前、本当に気を使ってないな?」
「正式に会う時は礼儀に気を使ってるフリはするよ。」
「フリじゃ駄目だろう…」
そうして二人はメイドが運んできた茶菓子を腹に入れた。
こういう時はお上品に食べるよりがっつく方が元気が出るものだ。
しかし、ゴードン邸を出る前にキャサリンはグレアムに話す事があった。
「フィンストン男爵にゴードン領をかき回す様に指示した奴がいる。
誰かは分からない。でも、そういう手紙を奴は受け取ってた。」
「おい、いつの話だ!」
「王都の戒厳令が解除される頃だよ。」
「そういう事は早く言えよ!」
「その時、話せる奴が近くに居なかったからね。」
だから直接行って助けてやったんだよ。
4章は前話を書くために書いた様なものなんですが、
以外と話が伸びました。
5章の詳細設定がいまひとつ生煮えで困ってます。