1−4 誘拐組織(1)
魔法学院では1年上のグレアム・ゴードンと顔を合わせるのは食堂位だ。
そこは上手く近づかない様にすれば良い。
しかも彼等の様な上位貴族は個室で食べる事が多い。
グレアムも何時も個室で誰かと食べている様だ。
そういう訳で学院で会う事は無かったが、
日曜にグレアムが平民街をうろつく事が何度かある。
私を探しているのか?何を血迷っているのだろうか。
視界を広げて上手く逃げ続けないといけない。
図書館は北の外れにあるもう一箇所の方に行くことにした。
テキストを開いて書きつけに書き込もうとすると、
近くで話し声が聞こえる。
「それでさ、勤め先の商店の店員の娘さんが行方不明なんだって。
たまにそういう話があるから、気を付けた方がいいよ。」
誘拐犯かな。それともゴードン家が無礼討ちしたか。
気が短いからね、グレアムも、その他貴族の護衛も。
「昨日の晩も騒ぎがあったけど、心配だよね。」
色々あるんだ、王都も物騒なんだなぁ。
魔法学院で授業の合間にアイリーンが聞いてくる。
「ねぇ、キャサリン、街に出るの、何時にする?」
あ、忘れてたよ、ごめん、アイリーン。
「え、何の話?」
これはこの間の歓迎パーティから話す様になった男爵家の令嬢、
シェリル・マレーだ。
「あのね、アイリーンも私も街に出た事がないから、
一緒に行こうって話してたんだ。」
「私も行きたい!」
「3人の方が心細くなくていいか…」
「一人も詳しいのがいないからやっぱり心細いよ…」
「侍女に聞いておくよ。
今週末は親戚づきあいがあるから、来週末にしない?」
「うん、いいよ。」
南部の田舎貴族はみんな北部では居場所がないのかもしれないね…
とは言え、誘拐組織を何とかしないと、何かあったら大変だ。
まあ貴族街に平民の誘拐犯が出るとは思えないけど、
ちょっと調べてみるか…
夜は早めにベッドに入る。何故なら私に対する蝋燭の配分が少ないから。
出来が悪いというならもっと勉強しろと言うのが筋なのだが、
親にとってはそれは言い訳なので実際に出来が悪い方が都合が良い。
まあ、魔法学院で好成績を取ったって意味がない。
風魔法師としての私は平均的な能力しかないから、
魔法師として就職出来るとは思えない。
という事で、ベッドの中で平民街を観察する。
まずは最初に誘拐犯が現れた西街を見る。
タウンハウスの近くの空を頭に浮かべ、次いで西の方に視界を進める。
途中で角度を変えて町を俯瞰する。
やり方としては飛ぶように視界を進め、適当なところで曲げるんだ。
多分、途中で魔法を使って見る方向を曲げているんだが、
キャサリンには細かい理屈は分からないし、興味がない。
見えるんだからいいじゃん。
平民街では長屋形式の2階建ての建物に食堂、飲み屋が連なっている事が多い。
それらや一軒家の娼館などが開いているが、この時間だと男しか外を歩いていない。
女の子を誘拐しようがないよね…
しばらく眺めていると、飲み屋の裏側に酔っ払いが複数の男に連れて行かれている。
殴る蹴るの後に裏通りに放りだしている。用心棒かな?
時々そういうのが居る。フクロにした男の懐から金目の物を抜いている奴も居る。
こいつを追いかけてみるか。
こういう時はその場で追いかけていく様なアングルで街を見ることも出来る。
遠くは見通し範囲でしか見えないが。
そして、狙いさえ定められればその場の光学情報と音声情報が分かるのだ。
用心棒達は何件かの店を回った後、娼館の裏側に入っていく。
「見回り終わりましたぜ。」
「ご苦労、一休みして1時間後の見回りに備えてくれ。」
騎士団みたいに定期見回りしてるんだ。意外と真面目だね。
それ以外に怪しい会話は無い。
ここは時々見る事にして、他を当たった方が良いかな。
平民の商店街の外れに歓楽街という程ではない規模の飲食店の集まりが
いくつかあるが、それぞれ用心棒組織は専用のものがあるらしい。
あの、私をどうにかしようとした男達は見つからなかった。
用心棒とは別の組織なのかな。
翌日は学院から帰って直ぐに街を見てみる。
まだ秋の日は長い。商店には客がいて、職人の工房では作業が続いている。
人の流れはあるが、俯瞰してみると不自然な人物がいる。
少女の後を付けているのが高みから見るとよく分かる。
何か見た様な3人組だ。グレアム達は騎士団に突き出したんじゃないのか?
人気のない裏通りで少女の口を押さえてお腹にパンチだ。
少女が力なく崩れ落ちる。
肩に乗せて人気のない寂れた商家の裏口から運び込んでいる。
商家の中で男達が話しているのは、
「おい、さっさと運び屋を呼んでこい!」
「へいっ!」
返事をした一人が走って行く。
何処に行くかと思えば、貸し馬車の事務所だ。
一言挨拶をすると中に入っていく。
「おう、ウサギ一羽運んでくれ。」
「分かった、すぐ用意するから待ってろ。」
馬車じゃなく、大八車に木箱を載せて大柄の男が引いていく。
先導する男に付いて、先ほどの寂れた商家の前に止め、
大きな麻袋に入った物体を木箱に入れて運んでいく。
成る程、運びやすい小柄な少女を選んで誘拐しているのか。
大八車は下町でも特に寂れた地区に進んでいく。
薄汚れた男が蹲っているボロ家の前で運び屋は止まり、
男に声をかける。
「おう、ウサギ一羽受け取れ。」
「待ってろ。」
薄汚れた男が中に入ると、代わりに男二人が出てきて麻袋を中に運び込む。
地下室に誘拐した少女を捕らえている様だ。
運び屋は駄賃を受け取って帰っていく。
ここはここでマークする事にして、
先ほどの誘拐犯達を追う。
運び屋を追いかけつつ、誘拐犯もちらちら見ていたから追跡は出来ているんだ。
男達は問屋らしき大きな商家に裏口から入っていき、
番頭らしき人物と話をする。
「今日も一人捕らえたぜ。」
「後二人が今週のノルマだ。日曜の晩には運び出すから、
それまでに都合しろ。」
「あんまり一度に失踪するとヤバくないか?
取り締まりが厳しくなるぞ?」
「お前らがヘマするから遅れ気味なんだ。
捕まったらまた出してもらうから、兎も角ノルマを優先しろ。」
「へいへい。上に睨まれたら長生き出来ないからな。
何とかしますよ。」
何か不穏なキーワードがあるけど、とりあえずこの番頭をマークしないと
「上」が分からないよね。
ドローン飛ばして、
スマホに映るドローンからの映像を見ながらどっちに飛んでどこを見よう、
というイメージと思って頂ければいいかな、と。