4−7 夜襲
グレンヴィル家の作戦会議は続く。
コール家経由でボウ商会から仕入れた情報を元に作戦を立てていく。
情報を操作されてしまうと人形の様に踊らされるだけだね。
グレンヴィルはゴードン家の兵力を足止めするという、
多分当初の計画に従って動いている。
つまり、どこまで行ったら終わるかという展望なしに
戦闘継続だけ考えている。
ファントム卿とフィンストン男爵はもう失敗しか無い事を知っていて
グレンヴィルを踊らせている…目的は分からない。
ゴードン家内でコール家とトレヴァー家は分家の家来だから、
分家の息子をゴードン家の跡継ぎにしようと蠢動している。
でも、分家の息子が跡継ぎになったとして、
あのゴードン侯が跡継ぎに家内を好き勝手にさせるとは思えない。
むしろ跡継ぎは飼い慣らして既存の路線を引き継がせるだろう。
つまり、暗殺に手を染めたと推定される家来なんて権力から遠ざける筈。
どっちにしろ、グレンヴィル家、コール家の思う様にはいかない。
のだが、
ゴードン家に傷が付かない様に、
今晩の夜襲と3日後の暗殺は阻止しないといけない。
…くそう!報酬よこせ!誰でもいいから!
夜、再度ゴードン領内にやって来て、
領内に入り込んでいるグレンヴィル部隊の入っている農家を監視する。
南部の貴族領境界なんて田舎の外れで雑木林だらけだから
隠れる場所には困らないが、
変な場所に隠れて夜襲の経路だったりしたら殺されかねない。
連中は屋内で防寒服を着込んでいる。
小部隊の隊長らしき男が進路を指示している。
「南の敵の監視と西の敵の監視に見えない様に、
南西の雑木林を進む。
阻止構造物の手前で火矢を農家に放ち、
出てきた敵は斬る。
敵に遭遇していない者は天幕に備蓄されている食料を運び出す事。」
コール家から今後の人員増強計画以外に食料の備蓄場所も聞き出したんだろう。
まあ冬に兵士と食料とどちらを天幕に寝かせるか、
と言えば食料だからね。
戦闘糧食と言えば大概乾燥しているから凍りにくい。
何なら食べる前に火で炙れば良いが、
人間だと凍れば再生不可能だもの。
さて、グレンヴィル側は領都側の農村にいるゴードン家部隊を攻める様だ。
1マイルは夜間行軍だ。迷わないかな?
どうやら天測による方位確認と歩数管理で位置推定を行う様だ。
反乱以前に正確な距離を調査しておいたんだろう。
まあハミルトン公による人身売買は少なくとも半年続いていたらしいから、
グレンヴィルにも準備の時間はあったんだろう。
さて、そろそろ守備側に気付いてもらうかな。
もちろん光じゃなく音で知らせる。
雑木林の中を歩いているから、
結構足音はするんだよ。湿っているとは言え落ち葉があるから。
この音を農村の外周に防衛用に巡らしたの柵の
すぐ内側で監視している連中に聞かせる。
なんとなく気配がする、くらいに聞こえれば良いんだから。
しかし、監視の若い衆は船を漕いでいる…
しょうがないなぁ…耳元に音を届けてやる。
…監視兵は訝しい顔をしている。
キョロキョロしだした。
隣の兵が声をかける。
「どうした?」
聞かれた男は小声で同僚に問いかける。
(何か音が聞こえないか?)
眉を潜める同僚だが…
(確かに何か聞こえるな。隊長に報告してくる。)
じゃあ、聞こえる音を遠ざけるかね。
少し遠くからなんとなく聞こえる気がする、という程度の音にする。
隊長達が足を潜めてやって来る。
(どっちだ?)
(あちらです。)
(確かに何か気配があるな。
総員起こして迎撃準備をするが、音は立てるな。)
(はい。)
こうして、戦闘はグレンヴィル側の隠密接敵による奇襲から、
ゴードン側の待ち伏せ攻撃に変わった。
元々篝火の間に衝立を立てて弓兵が隠れる様な迎撃準備がされていたから、
そこに弓兵を待機させた。
グレンヴィル側が突撃態勢を整える最中に、
火矢がゴードン側から射られた。
明るく照らし出されたグレンヴィル兵達に対し、
弓兵が次々と矢を射った。
待ち伏せに動揺した部隊はそれでも弓矢を応射したが、
片方は陣地内で衝立に隠れる事が出来、
片方は行軍速度優先で盾は最小限だったから、
弓矢の応酬による損害はグレンヴィル側が多かった。
漸く撤退を始めたグレンヴィル側に
ゴードン側は追撃をかけたが、
もう部隊の体もなく散り散りになったグレンヴィル側に
ゴードン側も追撃を止めるように笛による退却指令が出た。
この襲撃を受けた西側が対グレンヴィルの前線総司令部だったので、
この敵の損害を契機に逆襲する決断をした。
翌朝、日が登った後にグレンヴィル部隊の北側、南側の村落にいた隊も含め、
ゴードン部隊が総出でグレンヴィルの占拠する農村に攻撃をかけた。
この時点でグレンヴィル側は
夜襲に出撃した部隊の1/3しか戻っていなかったので、
防禦が不可能と判断して撤退した。
ゴードン側各隊はグレンヴィルの追撃より、
昨晩の敵逃走兵を見つけて狩る方を優先せざるを得なかった。
この日の昼前に、領都のゴードン家の城にグレンヴィルの領外への撃退が
報告された。
「朗報だ!
グレンヴィル部隊の夜襲があったが、これを撃退、
敵兵が散り散りになって逃げたのを見て
今朝攻撃をかけて農村を占拠していたグレンヴィル部隊を退却させた
との事だ。」
グレアムも心労で睡眠が不安定になっていたが、この報でほっとした。
「良かった。グレンヴィル撃退に兵力を集中したのは正解だったな。」
「まあ、まだ追加の兵は到着していませんがね。」
グレンヴィル以外の場所の兵力強化を提言した分家や各陪臣は
顔色を失った。
ちなみにキャサリンは夜襲中のグレンヴィル部隊に対する
追討命令が出た段階で、落ち武者狩りに引っかからない様に家に帰った。
寒さに耐えかねて結末まで見ていられなかった訳ではない、
と心の中で言い訳をして。
グレアムがかなり情けない顔をしているので、
「お姉ちゃんが助けてあげる!」
という気持ちになってるみたいです。
キャサリンの方が年下なんですが。