3−17 光に集まるもの
木乃伊が好きな訳ではありませんが。
そんなものが出てきますのでご注意を。
虫はみんな薬屋で読んでるから大丈夫だよね。
王都郊外の軍駐屯地では、
農閑期の為、兵役の召集兵は農家の長男が多かった。
いざと言う時の為に農家の長男も兵役で訓練を行う必要があるのだが、
実戦となるとその士気に問題があった。
妻子持ちの古参兵はずる賢く生き延びようとするから
突撃兵力としては当てにならない。
同様に生きて帰る事を重視する農家の長男も、
左右の様子を見て前進する為、突破力に欠ける事になる。
ところが今回は攻め手の反乱部隊も突撃兵力は奴隷兵だ。
貴族の陪臣の子息達は自分が死にたくないから
奴隷兵のみで突撃させようとした。
ところが奴隷兵達もこんな突撃で死にたくない。
むしろ様子を見て逃げようとしている。
駐屯地から火矢に続く飛矢と魔法攻撃で貴族の子息達が
後方へ下がった隙に、
奴隷兵達は蜘蛛の子を散らす様に逃げてしまった。
もちろん、貴族の子息達も率先して突撃などしたくないから、
連れて来た召集兵を前に出そうとしたが、
奴隷兵が逃げたのに貴族達が追手を出せないのを見て、
召集兵達も続いて四散してしまった。
こうして兵力を失った貴族達も撤退して行った。
当主達は何らかの成算があって参加しているのだろうが、
前線に送り出された者達は
お義理以上のパフォーマンスをするつもりなどなかったのだ。
寄せ手が撤退するのを見た駐屯地の司令官は、
王都への救援部隊を出す事にした。
反乱部隊を撃退したら、
その追撃より王都への派兵を優先する様に指示を受けていたのである。
その頃、キャサリンは王都内各地で阻止される反乱部隊を見て、
ハミルトン公はどうするつもりなのかが気になった。
という事でハミルトン公爵邸の書斎を見たが、
そこに座っているのは豪華な服を着た家令だった。
影武者である。
む、いち早く逃げたのか?
寄子のメイトラム伯爵邸かな?
そちらは下男下女しかいない様だ。
主人達は軍勢に参加しているのか、
そして妻子はどこかに避難しているのだろうか。
昼間に監視しておけば良かったか?
まあ本拠地に戻って再起出来るかと言えば、
討伐軍を出されて滅ぼされるだけだろうが…
ハミルトン公が生きていれば、
また平民女性を売って奴隷兵を買うのではないか、
何で平民女性だというだけでそんな目に遭わないといけないのか、
と腹が立ってきた。
キャサリンだって魔法学院を卒業すれば家を出されて平民になるから、
他人事ではなかった。
同じく寄子のマクギール子爵家はどうか…
こちらの方が東側に逃げやすいからなのか、
よく見た爺さんが多少質素な服を着て
マクギール家の応接室で戦況報告を受けている。
「大通りの主戦場は膠着状態です。
東西の迂回部隊は騎士団に阻止されて進めません。
王都近郊の軍駐屯地への襲撃は報告がありません。」
「迂回部隊は騎士団の裏をかいたのではなかったのか!?」
「察知され、阻止されております。」
「…若造め、私を騙したのか…」
ハミルトン公の呟きは他の者には聞こえなかっただろうが、
私には聞こえた。
若造?誰?騎士団が裏をかかれたのは騎士団側に内通者がいたのか?
マクギール家に外から馬に乗った者がやってきた。
「報告致します!
軍駐屯地から王都へ向かう部隊がある模様!」
「確かなのか!?」
「はい!
駐屯地の炎上等は発生しておりません。
恐れながら、襲撃部隊は敗退したと思われます!」
全員が絶句していた。
阻止されている各反乱部隊の後背を別部隊に襲われれば
ひとたまりもない。
マクギール子爵がハミルトン公に提案する。
「閣下、こうなっては如何ともし難い状況です。
一度領地へ戻り、捲土重来をお図り下さい。」
ハミルトン公は苦虫を噛み潰した顔をしている。
キャサリンからすればここで領地へ戻っても時間稼ぎにもならない。
勢力を回復する事が出来るとは思えないからだ。
耄碌して現実が見れずに感情だけで行動している老人と
共に滅びようという人間が増える訳がないのだ。
それでも、諦めきれない老人は領地へ撤退する道を選んだ。
家紋の入らない質素な箱馬車が用意されていた。
馬車に乗り込んだハミルトン公は悔し紛れのセリフを吐いた。
「ロバートめ、これで勝ったと思うなよ…」
敗北を認めないのか…
300人以上の女達を犠牲にした反乱ごっこに失敗して
まだ懲りないのか…
良いよ。引導を渡してやるよ。
下位貴族街を東に抜けようとする箱馬車を、
光が照らした。
新月の夜、各部隊が衝突している場所以外では、
そんな光は王宮と騎士団総本部だけが発していた。
騎士団総本部の見張り台ではその光が見えていた。
「報告します!
下位貴族街を東に抜けようとする馬車が光に照らされています!」
「誰か大物が逃げようとしているのか?
追跡部隊を出せ!
駐屯地から王都へ向かっている部隊からも追撃部隊を出させろ!」
エディから見れば、人身売買組織の逮捕を願っていたキャサリンである。
彼女が確実に捕らえられるべきと考える人間がいるとしたら、
この反乱の首謀者であるハミルトン公だろう。
幹が切られれば枝葉は自然と枯れる。
彼を少なくとも拘束する必要があった。
「何だこの光は!?」
ハミルトン公を乗せた馬車の御者や同乗している護衛達は
騒いではいけない筈なのに動揺から声が出てしまっていた。
外を歩く者もいない深夜に光と音が追撃部隊の目印となった。
キャサリンは屋根の上からハミルトン公の追跡を続け
光を届け続けたが、
追跡部隊が近づくのを見て魔法を止めた。
老人が惨めに拘束される場面が見たい訳では無い。
結果的に人身売買が終われば良いんだ。
護衛がハミルトン公に告げる。
「追跡部隊が迫っております!」
馬車に同乗した侍従が公に告げる。
「最早これまでに御座います。
生きて虜囚の辱めを受ける訳には参りますまい。
ご決断をお願いします。」
そうして鞄から小瓶を出した。自決用の毒だ。
「…おのれぇぇええええ、ロバートめ!
死した後もお前とこの王都を呪い続けてやる!」
公は悔しさの余り呪詛を吐いたが、
実は死ぬ決心がまだ出来ていなかった。
つまり、毒の小瓶を中々受け取らなかったのだ。
箱馬車の外部に立っている護衛から声が上がった。
「敵部隊接近!引き離せません!」
焦れた侍従が小瓶の蓋を開けた。
「御免!」
そうして、モンタギュー・ハミルトンは死ぬ決意も出来ないまま、
部下に毒を飲まされた。
吐きだそうとする公の口を侍従が押さえ続けた。
苦しみ、暴れる老人が痙攣を始める頃、
視界を覆う程の蛾の群れが馬車を襲った。
前が見えない馬も御者も馬車をコントロール出来なくなり、
道端の家屋に衝突して横転した。
箱馬車の中に入り込んだ黒い蛾の群れがハミルトン公だった死体に殺到し、
見える皮膚の至るところに蛾が取り付いた。
顔面は黒い羽根に覆われて、
更に襟や袖から中に入り込み、同様に取り付いた。
蛾は侍従には取り付かなかったから侍従が蛾を追い払おうとしたが、
口吻を伸ばして死体の体液を吸い取る事を決して止めなかった。
追撃部隊が追いつき、護衛達を取り押さえた後もまだ蛾は死体から離れなかった。
追撃部隊の者達も蛾を引き離すのを諦め、
馬車ごと騎士団総本部へ移送して行った。
そして阻止部隊と衝突を続けていた反乱部隊も
駐屯地からの部隊が騎士団の援軍として到着するに至り、
戦意を喪失して降伏した。
血判状に名を残し、反乱に参加した貴族達のタウンハウスが捜索され、
見つかった貴族達は騎士団に拘束された。
結局ハミルトン公と思しき者はかの箱馬車で見つかった男だけだったが、
その死体と立ち会った王は思わずこう口にした。
「何だこれは!?」
そこには干からびて骨と皮だけになった死体が横たわっていた。
最後に会った時のハミルトン公の姿からすれば、
文字通り変わり果てた姿となっていたのだ。
ハミルトン公は王と王都を呪おうとしていたが、
彼自身がとっくに呪われていた為、
それは叶わずに終わった。
4章はグレアムの章の予定です。
全然書けてない…