3−10 大家の書斎
ある夜、キャサリンは空を飛ぶ夢を見た。
裾の長い布を巻き、
腰に巻いた布で解けない様に固定した異国風の着物を着て、
細めのショール状の白い布を背中から腕にかけた
目を細めた女が近くに浮かんでいる。
その女が下を指差す。そこには大きな屋敷が見える。
何が言いたいの?話してくれないと分からないよ?
と言いたいが言葉が出ない。
女は口の端を上げて、満月からの光に導かれて上に上がっていってしまった。
今日の午後はゴードン侯爵家にて捜査をする事になっている。
上位貴族街とは逆側の下位貴族街と平民街との間にある公園へ向かう。
そこでゴードン家の馬車が待っていた。
馬車から降りて待っていた護衛が馬車内に合図をすると、
グレアムが顔を出す。
「乗れ。」
まあ間違いなくゴードン家の馬車である事を示す為に
グレアムが顔を出してくれたんだが、
じゃあ、ゴードン家で歓迎されるかと言えばそうとも思えない。
警戒は怠らない様にしよう。
ゴードン家では当然家族と挨拶など無い。
侯爵には許可を得ているのだろうが、
あくまで秘密の捜査であるから、
今日、キャサリン・プリムローズがこの家に来たという履歴は残らない。
…のだが、案内された部屋は立派な応接室だった。
「グレアム…屋根裏とか下女の部屋とかで良いんだけど…」
「まあ、何かあった時に言い訳も出来ない状況は不味いのでな。
侍女を付ける。彼女に何でも要求してくれ。」
「ジョディー・フォーブスと申します。」
「通りすがりのフードの女ですがよろしく。」
「…お前、何か偽名を使ってなかったか?」
「あれは顔を出してる時の偽名だからね。」
「では、お客様とだけお呼びします。」
「そうして下さい。」
「じゃあ、やってくれ。帰る時には言ってくれ。」
「あいよ。」
こうして使ったことも無い様な豪華なテーブルに向かって
紙とインクとペンを渡され、調査をする事になった。
侍女は壁際で控えている。
御用聞き兼監視だ。
しかも隣の部屋に二人の魔法師がいるのが分かる。
私の能力の調査だろう。
グレアムもエディも、
私に仕事をさせたいのか私の調査をしたいのか、
はっきりしろよと言いたい。
まあ、良い。ここまで来たら、
ハミルトン公爵が人身売買の元凶なのかを私が知りたい。
気に入らない隣の部屋の魔法師は避けて魔力を伸ばそう。
とりあえずハミルトン公爵邸の見取り図を書く事にする。
30分もかかったよ…
書斎から屋根裏の隠し部屋、地下へ抜ける隠し通路、
さすがお偉いさんの邸宅は違うねぇ…
ちょっと休もう。
すると侍女が茶の準備をしてくれる。
「何か他に御用はありませんか?」
「時間が来たら教えて欲しいけど、
その時にグレアム様にまとめて報告するから、
その分の時間も考慮して下さい。」
「分かりました。」
じゃあ、書斎の調査をしますかね…
うん、書類やら帳簿がやたらとある。
鍵付き引き出しの中もまっとうな証文だらけだ。
一応、メモはしておくか。
…
「そろそろお時間です。」
侍女が告げるが…本日は空振りだ。
グレアムがやって来たので、簡単な報告をする。
「そういう訳で、館の見取り図と書斎の真っ当な書類の確認しか
出来てないよ。」
見取り図を見て、グレアムが呆れる。
「お前なぁ…隠し通路まで確認しといて進展なしみたいに言うなよ。」
「悪事の証拠は出てきてないからね。
そんな見取り図が役に立つ未来がまだ見えないよ。」
「確認はさせてもらう。
明日はどうする?このまま書斎の調査を続けるか?」
「見るなら一通り見た方が良いと思うよ。
どこまで見たか分からなくなって見落としがあるかもしれないし。」
「分かった。
明日は同じ場所で、ジョディーが迎えに行く。」
「お坊ちゃまに毎日迎えに来させては申し訳ないからね。
そうしてくれる?」
「ガキみたいな呼び方は止めろよな、お嬢ちゃま。」
「あんたもまだまだ子供だねぇ…」
大丈夫かよ、この侯爵家。
キャサリンが去った後、グレアムが侍女から報告を受ける。
「テーブルに向かって、何か呪文を唱えるという事もありませんでした。
只管ペンを走らせているだけでした。」
そういえば筆跡を確認する為に写本をさせた時も呪文などは唱えていなかった。
次いで魔法師達にも報告をさせる。
一人は魔力が強い水魔法師なので魔法感受性も高い筈だが…
「通常の魔法師が振りまく魔力程度しか感じ取れませんでした。
本当に魔法を使っていたのでしょうか?」
グレアムとしては捜査結果をこの魔法師に見せる事は出来ない。
他家の見取り図などを持っている事をばらせる訳が無いからだ。
もう一人の光魔法師、つまり聖魔法師は、
「光属性の魔力を感じましたが、
魔法を使っている様な魔法反応はありませんでした。」
つまり、二人共キャサリンが魔法を使っていた痕跡が掴めなかった訳だ。
とりあえず最も信頼出来る侍従に今日のキャサリンの成果の
写しを取らせる。
見取り図などは明日以降の調査に必要な筈だ。
本作はショートシナリオ制を取っている…
筈だったけど、このまま3章を伸ばしていく予定です。