1−2 魔法学院入学
魔法学院への通学が始まったが、これが苦痛だった。
通学の馬車の中で長男がともかくキャサリンと次女のブレンダを見下して
説教をしたがったのだ。
「お前達は出来が悪いのだから、我が家名を汚さない様に大人しくしていろ!」
次女のブレンダははいはい、と気のない返事をしていた。
1年間こうだったのだろう。
キャサリンは家族に何も期待していないので、黙って窓の外を見ていた。
「おい、キャサリン!何とか言ったらどうだ!」
「言われた通り大人しくしてまーす。」
「お前は兄に敬意を表せないのか!」
「言われた通り大人しくしてるのに文句を言われたら
どうしたら良いか分かりませーん。」
ぐぬぬ、と長男のアンソニーは絶句した。
所詮は長女に敵わない程度の出来の男である。
機転が利かなかった。
教室では猫を被って友人を作った。
南東部のキャンベル子爵の次女、アイリーン・キャンベルは
おっとりした女の子なので王都の貴族とは反りが合わないらしかった。
魔法属性は土との事。
「卒業後は実家に帰って農業の役に立てるためにしっかり勉強したいの。」
と言う真面目な娘だった。
「アイリーンの実家の領地あたりでは今頃はどんな花が咲くの?」
「夏は山百合が山に咲くけど、今頃は秋桜が沢山咲いているの。」
南東部どころか南部は多くの場所で秋桜が植えられる。
あまり娯楽がない農村地帯が多いので、休耕地で花見を楽しむのだ。
その辺りを移動した時は向日葵畑がある村や、
丹桂の林がある町もあったが、キャンベル領ではないらしい。
「キャサリンは王都は詳しい?」
「全然外に出して貰えないんだ。」
「じゃあ、今度一緒に出かけましょ?
一緒に出かける友人が出来なくてあまり歩いた事がないの。」
「私も分からないけど、二人なら何とかなるか。」
実際には貴族子女の外出だから侍女が付く。
侍女に前もって相談すれば行く場所も分かるだろう。
キャサリンは平民街は分かるが貴族街の商会は分からないから。
「ところで、キャサリンはゴードン侯爵領に行ったことある?」
あるかもしれないし、ないかもしれないキャサリンだった。
厳密にはどこの領地だか分からない所に良く行っていたから。
とはいえ公式には魔力検査以外に領地を出た事はない、という事になっている。
「ないけど、西の方だよね?」
「うん。そこの嫡男がね、去年の春に領地で会った女の子を探してるんだって。
何か困っている時に助けてくれたんだって。」
へー…どうしても息の音を止めたいのかなぁ…
「そんなの領地の娘なんじゃないの?」
私じゃありませんって。顔見られてるけど…
「それが領地の娘じゃないらしいんだ。
魔法の教育を受けてないとか言ってたらしくて、
ゴードン侯爵家なら魔法学校くらいあるから、
領地外の娘じゃないかって話だって。」
げっ、そんな事まで話したっけ?
会った時に魔法が上手く使えないと目を付けられるかもしれない。
魔法の練習は真面目にやろう…
入学して2日目の午後は新入生歓迎パーティになっていた。
と言っても全員制服で出席するから特に華やかな訳でもない。
単に学年・クラスに関係なく交流する場なのだ。
ところが、キャサリンもアイリーンも王都に友達がいない。
話し相手がいないのだ。
キャサリンの場合は3年に長男が、2年に次女がいるが
こんなところでまで話したい相手じゃない。
同じクラスの田舎者どうしが集まって世間話をしただけだった。
「ねぇねぇ、ゴードン侯爵の長男の話聞いた?」
「聞いた、聞いた。嘘言って近づいてものにしようって言う女が
山程いたって話だよね。」
「隣の領地のグレンヴィル家の娘が自分だって言ってるらしいけど。」
「絶対嘘だよねぇ〜。」
「あ、あれ、あの人がグレアム・ゴードンだよ。」
女の子達が指さした男は、がっちりした体つきの背の高い男だった。
あれ、別人だよね…
私が助けた…苦しませたかもしれないけど…男の子はもっと子供っぽかった。
この年頃なら背が急に伸びる事があっても、横に広がるのはその後だ。
見知らぬ女の子に助けられるというのはよくある話なのかな。
って言うか、侯爵家の嫡男なんて、いつも護衛が付いてるだろうから、
女の子に助けてもらうとかある筈ないじゃん。
どういう状況だったんだろうか。
まあ、別件だろうからどうでも良いか。
「ねぇ、1組に王子様がいるって話だけど、あれかな?」
会場内に一際人口密度が高い場所があった。
でも、女生徒が集まっていてとてもじゃないけど近寄れない。
「挨拶した方が良いのかな?」
「でもあんなに人が集まってたら近寄れないよね…」
普通の女生徒ならそんなものだろうが、
キャサリンなら必要な時はそのくらい押しのける気でいた。
でもその必要性を感じない。
王子と知り合ってどうしようと言うのだ。
一応王都に来てからドレスを数枚買ってもらったが、
長女と比べると質素な吊るしのドレスだ。
何かのパーティで王子と会っても、とても目につけてもらえるとは思えない。
田舎者達は王子に挨拶するのを優先するか、
周囲の女の子達に気を使って近づかない方が良いのか迷っていたが、
いつまで経っても王子の周りの人が減らないので諦めた。
「帰ろっか。」
「うん。」
無事に入学出来たという事で、
週末には寄親のダグラス侯爵家の茶会に連れて行かれた。
娘が領地から出てきた以上、挨拶をするのが礼儀なのだ。
逆に言えばこの一回の挨拶さえしてしまえば、
もうこの侯爵家に来ることはないだろう。
親は例によって
「娘が都会の茶会に出たがらないから」
と私のせいにして同席させないだろうから。
私に何枚もドレスを買うつもりもないだろうし。
そうして会ったダグラス侯爵家の当主はキャサリンの父親より年長だった。
父親がキャサリンを紹介するのに合わせて頭を下げて挨拶は終わった。
そこに見た顔がやってくる。
がっちりした体つきの親子、ゴードン侯爵とその息子グレアムだ。
「ダグラス卿、殿下が帰られるそうだ。」
「分かった。ご挨拶に伺おう。」
そうしてダグラス侯爵とゴードン侯爵は殿下の元へ向かった。
ちら、と見ると殿下とやらは小柄な少年だった。
同級生の殿下かな、と思ったが、
やはり縁のないお方なんだな、と思っただけだった。
とりあえず王子という単語は出せました。
あらすじに爵位成分が足りない気がして…
公爵令息を今から捏ねる予定です。