3−6 降りかかる鱗粉は火の粉の如し
「あいつっ!また途中で消えやがった!」
「まあ、いいさ。
とりあえず危機は去った。
しかも、態々寒い北に向かったという事は
北の生き物だろう。
彼女は魔力を持つもの、と言っていたから、魔獣と考えよう。
つまり、北方の魔獣を調べれば良いんだ。」
グレアムとエディは王宮の付属図書館に入り、
件の魔獣について調べ始めたが…
徹夜明けのグレアムは机におでこを付けていびきをかき始めた。
(それじゃあ、キャサリンを笑えないって)
とエディは思ったが、
徹夜明けに書類を調べるのではこうなっても仕方がないだろう。
魔獣は人類の生息限界の外側に住んでいる。
人類国家に囲まれたこのスチュアート王国には無縁のものだ。
簡単なまとめ本であたりを付けて、
エディはクンルン王国の魔獣について書かれた本を手に取った。
彼の国は奇怪な伝承が多いと知られていたからだ。
「グレアム、見てくれ。」
「あぁ?」
エディから見たこの時のグレアムは、間抜け面としか言えない顔をしていた。
「ほら、これだ。姮蛾。
夜の暗闇の中では人心を狂わせるが、
太陽の光の下ではその影響力を失う。
月夜には遥か上空まで飛翔する巨大蛾との事だ。」
「ああ、これは北の魔獣なのか?」
「クンルン王国の伝承だから、北東になるな。」
この蛾は当然、この国にはいないから外部から持ち込まれたものだ。
しかも敢えて暗闇に繭を作る様に放置されたとしたら、
それは王都に対する悪意でしかない。
こうして、この件は王へ報告された。
王はこの件を反逆の大罪として捜査する様に指示をした。
当然、第1の捜査対象は、
貯水池の件を通報したキャサリンを捕らえようとした
騎士団詰め所の指揮官、ダリル・ブリストルとなった。
取り調べる方も騎士団で、顔見知り同士が尋問官と被疑者となった。
口を割らない被疑者に、尋問官はこう言った。
「本件は大罪の捜査となっているから、
君の両親、妻子も連座となる。
口を割らなければ君の前で両親、妻子を拷問する事になるが。」
「…止めてくれ。全部話す。」
「話したところで連座での処刑は免れないが…」
「分かってる。俺が馬鹿だったんだ。
せめて家族が少しでも苦しまないで済むようにしたい。」
ダリルは南部の男爵家の出身で、騎士団での昇格に従い騎士爵となったが、
出世は北部の貴族家出身者に比べて遅く、
騎士団内での立場も低く、
平民街の詰め所の指揮官などという労多くして益の少ない役職に甘んじていた。
その為、王家打倒を目指す一派の尖兵であるセンベロ子爵に誘われ、
上水道の貯水池に近づく者を捕らえる様に言われていた。
貯水池の仕掛けが整った時、
反乱軍が蜂起するとも言われていたという。
これを受けてセンベロ子爵一家が捕らえられたが、
センベロ子爵は家族全員が拷問死するのを見せられても
口を割らなかった。
斯くして、刑場の端に50ものさらし首が並んだ。
センベロ子爵本人には相変わらず尋問が続いていたが、
ここで捜査は行き詰まってしまった。
一方であの繭の元になった卵なり幼虫なりを搬入したと思われる
水門を閉じる水道整備が1ヶ月前にあったが、
これも取り調べを受けた役人がセンベロ子爵の手配と自白していたので、
彼が何も自白しない以上は進展しようがなかった。
本件は訳あって第3王子が担当していたから、
王は第3王子に、使える道具は全て使う様に指示を出した。
ある冬休みの日、プリムローズ家の侍女兼メイドのガーベラが
キャサリンに手紙を持ってきた。
面識のない、2年のマーク・フリーマン男爵子息からの手紙だった。
「gとeが待つ。明日午後に西図書館に来られたし。
返事無用。」
問答無用の呼び出し!?
まあ公式に呼び出されたら断れないんだけど。
ちなみに、フリーマン家はゴードン侯爵家の寄子、
つまりマークはグレアムの子分と思われた。
仕方がなく、翌日昼食後にフードを被って
平民街の西図書館に向かう。
平民服を着ていても護衛と分かるほどがっしりした男が
会議室に案内する。
「で、何?」
機嫌が良い訳がないキャサリンが低音で口を開いた。
エディが済まなそうに口を開いた。
「捜査が暗礁に乗り上げてしまってね。
申し訳ないが協力して欲しい。」
「迷惑はかけてるけど、今まで一応、問題解決の方向の迷惑だよね?」
「分かってる。でも、本件は大逆罪としての捜査なんだ。
王家も使える伝手を全部使う様に指示しているんだ。」
キャサリンの眉間の皺が深くなった。
権力者の名前を出すという事は、つまり圧力をかけているんだ。
「言うことを聞かなければ家族を殺す、って事?
そう言えば私を思う様に使えるとでも思ってるの?」
「だから!そうならない様に俺達が間に入ってるんじゃないか!」
グレアムが応えるが、それはつまり、
断ればそういう手段に出るという事だ。
「私は道具じゃないんだよ?」
エディが済まなそうに言う。
「済まない。でも皆困っているんだ。
報酬は出す。
出来る範囲で良いから、協力してくれないか?
次に依頼をする事があれば、その時は君の都合を優先するから。」
フードの下でキャサリンがこちらを睨んでいるのがエディにも分かった。
暫く沈黙していたキャサリンだが。
「…分かった。今回はあんた達の顔を立ててあげる。
でも、出来る事と出来ない事があるのは理解してよね。」
「分かってる。
今回お願いしたいのは例の繭がある貯水池に人が近づかない様に
騎士団詰め所の指揮官に指示したセンベロ子爵の
寄親であるケイス伯爵の調査だ。
反乱に関わる情報を調べて欲しい。」
「やるけど、とりあえず1週間時間をもらえる?」
「分かった。1週間後に午後、こちらで情報交換をしよう。
内容により報酬はその時渡す。」
はああああああ…
ピーピング・トム子さん認定されちゃってるよ。
宇宙開発とかロケットの名前は男性名詞の方が力強く、
成功しそうなイメージを持てます。
アポロ、ジュピター、ポセイドン、タイタン…は性別ないかな?
対してアルテミス計画…まあ月は通過点だから良いのか。
一方、中国の宇宙探査用ロケット、嫦娥。
微妙にイヤ感のある名称が野心を表してるっぽいと思っていたら、
女ヘンの娥は美しいという意味だそうです。
…何を言いたいのかと言うと、
「姮蛾」の蛾が虫ヘンなのはわざとです。