2−3 ラムゼイ伯爵領(2)
もしかするともう流通が再開しているかもしれないので、
水曜にシェリルに話を振る。
「ねぇ、シェリル、蛇の目羽根の扇は手に入った?」
「え、そんな急に手に入る訳ないよ!
お母様が商会に聞いてくれたけど、全然入荷予定は無いって言われたって。」
アイリーンも親に確認したらしい。
「うちのお母様も問い合わせてくれたけど、どこも在庫は無いって話だったよ。」
「お安い、色気のない扇子で我慢するかなぁ。」
「えー、まだ時間があるからぎりぎりまで探したいよ!」
「そうだよね、まだ2ヶ月あるんだから探したいよね。」
二人共流行り物が好きなタイプかな。
さて、道路が崩れたという表の理由は嘘で、
何か裏の理由で道路を封鎖していると思われる。
地理的にはラムゼイ伯爵領の隣にフレイザー男爵領があり、
これは幹線道路から外れて北寄りにある。
封鎖区域はラムゼイ領付近だけだろうか。
その横のハイファックス子爵領がどうなっているかは確認が必要だ。
ラムゼイ伯爵領には前回と同じジャンプ地点を使えば行けるが、
その手前のハイファックス領近くに移動出来る様な短いジャンプをして
幹線道路を見てみる。
どうやらここより東は道路が通っている。
という事は、ラムゼイ伯爵が何か知っているんだろう。
領主館の近くの雑木林に降り立ち、ここから領主館内を見てみる。
領主は滞在している様だ。
そりゃあ、幹線道路が災害により封鎖されているのに王都に居たら針の筵だ。
王家から早急な回復・開通を求められるだろう。
誰か書斎に来たらその話から何か分かるかもしれないが、
カリカリと書類にサインしてばかりだ。
私の魔法に気づく者がいるか分からないが、
商家の番頭やら平民の犯罪者なら兎も角、
魔法学院を出た貴族領主の近くで魔法を使うのは迂闊だろう。
魔法で見るだけにしてジャンプして室内を調べる事は止めておこう。
とりあえず貴族らしい者がいない場所を見てみる。
正面玄関には石膏像が飾られ、大きな花瓶に花が飾ってある。
応接室には大きな絵が飾ってある。
書庫には我が家の領地の書庫とは比べ物にならない程本がある。
表紙を見ると歴史書やら学問関連の題材が並んでいるらしい。
眠くなるから中身のチェックは無しだ。
厨房ではそろそろ夕食の下ごしらえを始めている。
…特に怪しいものは見当たらないなぁ。
そうしていると、書斎に年配の男が入室した。
侍従がお茶を入れている。
侍従が下がったところで年配の男が話を始める。
「午前の首尾の報告がありました。男爵領への移送は完了したと。」
「王家に睨まれかねないのに幹線の封鎖をしているのだ。
早々に仕事を終わらせたいものだが、
今後の計画はどうなっている?」
「今後1週間で山側への積荷の集積を完了します。
あとは男爵にどういう指示が出るかですね。」
「さ来週には幹線道の回復作業を始める必要があるのだな。
準備しておく様に。」
「心得ております。」
男爵領と幹線道の山側の調査が必要な訳か。
フレイザー男爵領に行く途中に森がある。そこまでなら10マイル無いが、
見通し出来る場所でないと視認もジャンプも出来ない距離だ。
もう午後で農地に人もいない。
森のこちら寄りの少し奥に移動しよう。
この森も2マイル程度の幅だから向こう側まで自由に視認・移動が出来る。
森から見ると男爵領は南部とあんまり変わらない辺鄙な感じだ。
広がる農地は麦の収穫が終わっており、
二毛作で何か植えている畑もあれば、雑草らしき草が伸びている畑もある。
農地の向こう、多少の集落の中心にある、
領主の館も我が家の領主館より小さい。
壁に囲まれた領主館の正門が閉められている。
昼間なのに?
内部確認の為に領主館の近くの雑木林にジャンプで移動する。
幌馬車が3台停まっているが、人気は無い。
領主はどこにいるのかな…
書斎で話をしている。
「暫く預からねばならないのだ、
北砦の地下に閉じ込めておけ。」
「多少は運動をさせないといざという時に使い物にならないですが、
その対策はどうしましょう?」
「では北の河原で石拾いでもさせろ。
投石用のやつだ。」
「なるほどそれなら体も動かせられるし、
いざという時の備えにもなりますね。」
「そういう事だ。
受領書にサインをするから、伯爵に持っていけ。」
そういうと受領書と保管証をそれぞれ2通サインし、
1組を鍵付きの引き出しに入れた。
書かれていたのは
「受領 蟻 30」
あらら、こんなところにアリさんがいるとは。
北砦ねぇ…
お忘れかもしれませんが、
キャサリンは見通した先または2マイル以内の特定地域の空間情報、
つまり光学情報、音声情報、匂いなどを確認する事が出来ます。
忍び込んで隣の部屋で聞き耳を立てているわけではありません。