1−11 写本会
平和な日曜の午後、キャサリンは北図書館で居眠りをしていた。
もちろん、最初は勉強していたんだけど。
とんとん、と肩を突かれているのに気づく。
ふぁあ?
グレアムとエディが机の隣に立っている。
やばっ、こっちにまで来るとは。
「そう身構えるな。良い話だ。」
…お前らにとって良い話ってだけで、こっちには迷惑な話じゃないのか?
エディが話を受けて続きを話す。
「女官試験の副読本の部数が少なくて、写しを取って閲覧用にしたくてね。
駄賃が出るよ。
特に早くて正確な人には特別賞金が出る。
もう9人集まっているんで、君が参加してくれると丁度人数が合うんだ。」
眉を顰める案件だ。駄賃って平民向けだから本当に雀の涙だろう。
態々私に声をかけるところが怪しい。何を企んでる?
「一人当たり10ページを写してもらうんだけれど、
同時に自分用を写して、持って帰って良いんだ。
君にも悪い話じゃないと思うけど。」
確かに自分一人だと10ページ写すのに数日かかりそうだ。
途中で寝ちゃうから。じゃあ、やっても良いかな。
「駄賃っていくら?」
「通常の写本の工賃の1/3だね。
素人に出すには破格の報酬だと思うよ。」
テキスト写してお金が貰えるんなら良いか。
「分かった。やるよ。」
図書館の会議室には平民の女の子が9人、
平民服を着ているが貴族かあるいは役人と思われる男達が6人いる。
「それでは、各人10ページずつ写して貰います。
提出用と自分用の2枚ずつ写して下さい。
5番目までに完了した人の提出用の読解性と誤記の数を評価します。
評価が1,2位の人には追加賞金が出ます。
それでは始めて下さい。」
まあスピードも正確性も負け様がない。
書き写す紙に視線を置きながら脳内に原紙を写せば良いんだ。
カリカリ、と書き写し、自分の分も書き写す。
さあ、2ページ目に移ろう。
と安心したのがいけなかった。
…
……
………
何か隣から押されるなあ…
「ちょっと、あんた、居眠りしてないで仕事しなさいよ!」
ふぁあ?
年上でもまだ少女という感じの人が起こしてくれた。
ありゃ、またやっちゃったか。
「ああ、ごめん、ありがとう。」
「しっかりやってよ。周りが気が散るでしょ。」
はいはい。
2ページ目を2枚写し、3ページ目に移る。
うん、順調、順調。
…
……
………
「ちょっと、あんた、居眠りしてないで仕事しなさいよ!」
ふぁあ?
手元を見ると紙の端を越えて机にまで線が引かれている。
あー、途中で駄目にしちゃった。
「ねえ、あんたすぐ眠くなるなら、
1ページ終わったら一度休憩したら?
駄目になる紙がもったいないでしょ。」
それもそうだ。
「ありがとう。そうする。」
面倒見の良い人だなぁ。
良いお母さんになるよ。
という訳で3ページ目が終わって少し休憩する。
…
……
………
「ちょっと、いつまでも寝てないで次に進みなさいよ!」
ふぁあ?
ああ、ちょっと休憩のつもりでずっと寝てたか。
「毎度ありがとう。自分の分も頑張ってね。」
「しっかりしなさいよ…」
何か見放された気がする。
次は2ページ毎に休む事にしよう。
そうして写本大会…というより小会くらいの規模の書き写し会は終わった。
馬鹿丁寧に写していた娘がいたのでキャサリンはブービー賞だった。
まあ一部とは言え写本が手に入り、駄賃ももらったから上等だ。
後日、王宮の外れで役人からグレアムとエディに報告があった。
「人身売買事件の参考資料とこの写本の筆跡はほぼ同一です。
同じ人物が書いたと言えるでしょう。」
「そうか、ありがとう。この鑑定結果は機密としてくれ。」
「はい。それでは失礼します。」
エディが口を開いた。
「そういう訳で、彼女が自分で調査をしていると思われるから、
犯罪組織に対する捜査協力は無理だね。
危険過ぎる。」
「あんな短時間で何度も居眠りする様な奴、使えないだろ。」
「でも、見ていて中々面白かったよ。」
「面白い顔してたか?」
「そういう面白いじゃないよ。
彼女、書き写している時に頭が全く動かないんだ。」
「目が凄く良く動くのか?」
「そうは見えなかったけどね。
だいたい、あのペースで書いて全く誤記がないというのも面白い。」
「そうなのか。」
「貴族としてはちょっと乱暴な文字だけどね。」
「性格が現れてるんだろ?」
グレアムは本当に女の子に対する気配りが足りないよね、
とエディは思った。
本作はショートシナリオ制を取っています。大体10話で一区切り。
今回で1章の誘拐組織編は一応終わり、
明日から2章の扇子がない、編になります。
現状、4章まではあらすじが出来ているので、
出来は兎も角40話くらいまでは休まず毎日更新する予定です。