1−10 疑惑の女
月曜の放課後、帰ろうとしたところにライラ・グレンヴィルがやってきた。
「ちょっと来てもらえる?」
「はぁ。」
この女の方が年上と言っても同じ南部で子爵令嬢と伯爵令嬢だ。
私の方が公式には立場が上なんだが、
こういう身勝手な態度の女に話が通じると考える方がおかしいか。
まあ、他に人がいる様には見えないので1対1ならやれる事にも限りがある。
とりあえず敵意レベル1の要注意人物として対応しよう。
そのまま校舎裏の木陰に連れて行かれる。
勿論、愛の告白じゃない方の用件だねぇ…
ライラは微妙に色気を感じる女だ。
14才としては老けていると言っても良いんじゃないか?
まあ10代前半なんて1年の年の差が大きな差だけれど。
「昨日、グレアム様と何か縁がありそうな態度だったけど、
どういう関係?」
ちょっと待て、公式には私はあんたの事を知らないぞ。
自己紹介ぐらいしろよ。
まあ、いいか。こいつの話に適当に合わせてさっさと帰ろう。
「どなたかとお間違いではありませんか?
グレアム様と言えば昨日初めてご挨拶させて頂きましたが、
個人的にお話しした事もございませんわ。」
日曜に話しているのはグレイ某だからね。
前に教室で対峙した時はお互い名乗らない名無し同士の会話だったし。
「何言ってんの!
アイコンタクトしてたじゃない!」
アイコンタクト?
あれか、あいつが眉を跳ね上げた件か?
それともさっさと名乗れと睨んだ件か?
「多分、私の挨拶が遅かったので少し眉を顰められた件かと思いますが、
年上のご令息にそんな素振りをして頂くと、
失礼ですが少し怖かったくらいです。
お名前は存じていましたが本当に初めて挨拶させて頂いたのです。」
あんなに毎度毎度女相手に怖い顔する素人さんはそういないよ。
どこの極道だよって思うよね。
まだライラは怪訝な顔をしている。
こういう時は相手が話したそうな話題に持っていって満足して帰ってもらう方が
良いよね。
「あの、昨日はデートされてたんですよね?
私、まだ男性とお付き合いした事がなくって、
出来れば馴れ初めとか教えて頂けませんか?」
サービスで胸の前で指を組んで見せてやるよ。
年下だけが出来る必殺技、後輩のお願いポーズだ。
「えっ、馴れ初めなんてそんな…」
「その、間違っていたら失礼ですけど、
確かグレアム様をお助けしたライラ様ですよね?
同級生も皆興味があるんですよ。」
「えっ、その、領地の境付近で護衛と離れて迷ってしまったグレアム様と
同じく迷ってしまった私がばったり会って、
ご一緒して護衛と合流しただけよ。」
「その時ほのかな愛が芽生えたんですね。
羨ましいなぁ。」
相手がグレアムじゃなければの話だけどね。
あれと何か縁付いたのは明らかに不運だよ。私にとっては。
「そ、そうね。
時間を取らせて済まなかったわね。
それじゃ。」
ライラは去っていった。
嘘をつき続けられないなら最初から嘘なんかつくなよ。
うちの親を見ろ。
もう息をする様に嘘をつける。
もっともあれは既に彼等の脳内で嘘が真実になってしまっているんだろうが。
ああ、嫌なものを思い出した。
教室に帰って鞄を持ってさっさと帰ろう。
というところでエディと護衛が近づいてくる。
珍しく相棒のグレイがいない。別れたのか?
「やあ、ライラ嬢の事、どう思った?」
「…嘘吐いている気がする。」
「具体的にはどこが?」
「普通、功績とか、周囲に認められた成果があれば、
自慢したいものでしょう?
特にああいうマーキングした男を自分のものと主張するタイプは
その根拠を知らしめて自慢したいものでしょうよ。」
「ふうん、参考にさせてもらうよ。
ところで、君にはそういう自慢したい事はないかい?」
「…半年も魔法の教育を受けてないのに2組になった事かな。」
我ながら本当に自慢する事がないなぁ…
女官試験の勉強はもっと頑張らないといけないレベルだし…
「例えば、幼い時に誰かを助けたみたいな事はないの?」
ふふん、笑うしかないなぁ。
幼い時の事?
ずっと一人で遊んでたし。
兄と遊んでた頃の事はむしろ黒歴史、いじめられてた歴史だしね。
「残念ながら、人助けをする様なお人好しじゃなくって。
一人でいる方が気楽だしね。」
「そうか。ありがとう。
気を付けて帰ってね。」
「は〜い。」
キャサリンの後ろ姿を見ながら、エディは思う。
名も知らぬ平民の女の子達を人さらいから助けるのはお人好しじゃないのかな?
それにライラの事を嘘つきと言えるのは、君が真実を知ってるからじゃないのかい?
会話の流れというのはかけちがえると正しい回答が戻ってこないものですね。
というかキャサリンは自分の事を話したがらない人間だから、
質問したら素直に返ってくると思うのが間違いで。