1−9 街での遭遇(2)
グレアムとキャサリンは目が合ってしまった。
グレアムは右眉だけぴくん、と釣り上げた。
キャサリンは思わず眉間に皺が寄った。
それは兎も角、シェリルはグレアム・ゴードンの顔を覚えていた。
だからシェリル、アイリーン、キャサリンの順で立ち上がり、
軽く頭を下げた。
「会った事があったかな?」
グレアムが声をかけた。
シェリルが返答した。
「いえ、ですがお顔は存じております。
ご挨拶をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、私はグレアム・ゴードンだ。」
「フランク・マレー男爵の娘、シェリルにございまず。」
グレアムがアイリーンを見る。
「ヒューゴー・キャンベル子爵の娘、アイリーンにございます。」
そしてグレアムがキャサリンを目を細めて見る。
何が言いたい!?
今まで挨拶を許してくれた事がなかっただろう!?
あんたが悪いんだぞ!?
「クラーク・プリムローズ伯爵の娘、キャサリンにございます。」
「そうか、態々挨拶ありがとう。
邪魔するが、こちらは気にせず続けてくれ。」
「ありがとうございます。」
そうしてそれぞれがそれぞれの席に着席した。
グレアムは連れの女性にメニューを決めさせ、
店員を呼び注文を告げた。
注文の品が届くまで女は艶のある声でグレアムに話しかける。
「それで10月に人気の舞台が再演されるのが、
友人達と話題になっているんです。
グレアム様は興味はございませんの?」
「あまり舞台には興味がないが。」
「まあ、芸術で目を肥やす事も貴族には必要ですわ。」
「そうか、何か良い演目があるか?」
「それでしたら是非ご一緒致したいですわ!」
…盗み聞きは上品とは言えないが、
隣のテーブルの3人にとってはカップルの会話は気になって仕方がなかった。
もっともキャサリンの興味はカップルにではなく、
グレアムみたいな男が女をちゃんと扱えるのかが気になったんだ。
こいつのいつもの短気っぷりを見ていれば、
1ヶ月も保つものかと思ってしまう。
しばらく黙ってカップを眺めていた3人だったが、
シェリルが目で合図をした。
河岸を変えよう、と。
支払いを済ませて席を立つ時、
3人で揃ってグレアムに頭を下げて、
「お先に失礼致します。」
と声を揃えて挨拶をした。
グレアムは目礼で返した。
評判も分からない近くの店に入り、
茶を頼んでは注文の品が来るのを待たずに話し始める。
シェリルが思わず口にしたのは、
「あれ、噂のライラ・グレンヴィルだよね!?
例のグレアム様を助けたっていう!」
「やっぱり、その人?」
アイリーンもキャサリンも噂で聞いただけで、
ライラ本人は見たことがなかった。
「そう、それを理由に付きまとってるって話。
でも今見るとグレアム様の方は義理で付き合ってるって感じだよね!?」
「愛を語らうカップルって感じじゃないよね。」
アイリーンからもそう見えた様だ。
ただ、グレアムの普段の態度からすれば良く我慢している方だった。
我慢というよりお仕事モードと言うべきだろうか。
「でもデートしてるんだから、それなりに慕ってはいるんじゃないの?」
「えーっ、でもあれでこれからも付き合っていけると思う!?」
「そうだよ。あんなじゃ女の子としては辛いと思わない?」
二人は破局する方向で見ている様だ。
人助けをしてそれなりに好意的に受け取ってもらえるというのは
ありがたい事だろう。
ただその気持ちが何時まで続くか。
助けた状況が分からない。
だからグレアムの気持ちなど分からない。
ただ、あの傲慢男がもしかすると騙されて嘘つき女と一緒になるというのも
中々ざまあな気がする。
「グレンヴィル家って子爵家だったよね…」
「そうだよ。ゴードン侯爵領の隣だって。」
「それで助けたって言うだけで付き合っているんだよね。」
「多分ね〜。
でも、あの調子だとグレアム様の方はお礼で付き合ってるけど
適当なところでお別れしそうだよね〜。」
しかし、シェリル。楽しそうだな。カップルが別れるのが。
アイリーンが私が気になっている事を口にする。
「でも、助けたってどういう事をしたのかな?
感謝してるなら付き合い続けるかもしれないし、
助けた相手を探してたっていうのだから、感謝はしてるんだよね?」
「う〜ん、そこは秘密にされてるらしいんだ。騙りが出ない様にって。」
「じゃあ、あの人はその点は正解したんだよね?」
「そりゃそうだろうけど、その割には熱がなさそうだったよね〜。」
「そうだね。
私もあれなら別れると思うよ。」
アイリーンも別れる派だ。
シェリルとアイリーンが私を見る。
「キャサリンはどう思う?」
そんなの見た通りだよ。
別れると思うけど、そういう嘘つき女をあいつが掴まされる方が
面白いんだよ。
「あの女が上手く騙して一緒になるかも!」
「ないよ、酷いねキャサリン!!」
何故か二人に非難されてしまった。
いや、二人共カップルが別れるって噂してるだけで充分酷いと思うよ。