門司港のこと
門司港というのは、港の名前であり、地名でもあり、また駅名でもある。
日本地図を見ると、九州の北東の端に本州と重なるようにして福岡県北九州市門司区という地区が広がっているが、港としての門司港は門司区の中央北側にある。
その門司港から歩いてすぐの所までJRの路線が来ている。こちらの終着駅も門司港という。この駅はJR九州の最北端でもあるらしい。
門司港のことを知ったのは、NHKの、近いうちに終了してしまう予定の(もうしてしまったかもしれない)全国各地をブラブラ散歩する某地学バラエティー番組からである。いつの回だったか覚えてないけれど、確か、線路の終着には風車みたいな絵の車止めの標識があるというのをやっていて、例のあのひとが、門司港の駅まで来ていたのだった。
終着駅。線路の終わり。そして、始発の始まる場所。
その言葉にはなんとも言えない魅力がある。なぜだか惹かれてしまうというのは、どうしてなんだろう?
というわけで、何年か前のことになるけれど、たまたま九州まで行く用事があったので、ついでに線路の終着というのを見に行くことにした。
その日は昼前には博多での用事が終わり、そのまま帰るには飛行機まで時間がありすぎて、どうやって時間をつぶそうと考えていた。もっと遅くなるだろうと思って、夜遅い便にしていたのだ。
どうしようかなと思っていたら小倉に行くという親戚の叔父さんがいたので、その叔父さんと一緒にとりあえず小倉まで行って、うまいと評判のとんこつラーメン屋に行くことになった。
小倉駅はさすがに新幹線も停まるだけあって、駅前はそれなりに都市だった。降りるまでは、入れ墨のあるコワモテのおじさんばかりが闊歩していて、うっかりじっと見ていたらそれだけで怒られるんじゃないか、とかいろいろ無駄に心配していたが、そんなことは全くなかった。
町には普通にスタバもデパートもあった。
叔父さんに連れられて行ったのは、駅ビルの中にあるごく普通の気軽な店だった。○らぽーとのフードコートにもありそうな感じといえばご想像できるだろうか。
すぐに店員さんが来たので注文を済ませると、それほど待たないうちに頼んだものが運ばれてきた。
とんこつラーメンは、さすが本場なだけあって、絶妙においしかった。高菜入りにしたか明太子入りにしたか記憶は定かではないが、なんにせよ、くどくないのにちゃんととんこつなところがいい。難を言えば、洗練されすぎている、といったところ。
叔父さんも普通にうまいうまいと啜っていたが、話を聞いているうちに分かったのは、どうやら気を利かせてわざわざ口コミのランクの高い店を探してくれたらしいということだった。
九州の人からすると、本当のとんこつラーメンとはもっとシンプルで、ガツンととんこつ臭さが前面に出ていて、ネギなどは取り放題で、そしておやつ感覚で食べられるくらいに安いものなのだという。
自分はあまり臭みがあると食べられないので、この令和のとんこつラーメンの方が好みだと思ったが、よけいなことは言わないで、ありがたくいただいた。
叔父さんはその後、別のところへ寄ると言うので、小倉駅でお別れとなった。
JR小倉駅のお土産コーナーを覗くと、堅パンというお菓子とねじチョコなるものがあった。叔父さんやほかのみなさんが薦めて下さったお菓子である。堅パンは硬い鋼鉄にちなみ、ねじは言わずもがな。(だと思う)さすが官営八幡製鉄所や筑豊炭田があった土地だと感心する。
面白そうなので、それぞれ買ってみた。
小倉駅から門司港行きの電車に乗った。JR鹿児島線らしい。乗った車両が鹿児島から来たのかは分からないが、もしそうなら半日はかかりそうだと思う。
席には座れたが、しばらくは海も見えなさそうだったので、さっそくねじチョコの箱を開けてみた。
箱の中には透明ビニールの小袋が何個か入っていて、ひとつの小袋にはボルトとナットが一個ずつ入っている。
ねじだ、と感動してさっそく、クルクルとボルトとナットと合わせてみた。
めちゃスムーズで、ひっかかりなどはなかった。
これはM6規格サイズだな、とひとり悦に入る。アングルや板もあれば、棚くらい作れるかもしれないと思った。
門司港の駅は、大正時代の部分が保存されているらしく、スチール?と木のレトロな色合いがとても落ち着いていて、昔風な雰囲気が素敵だった。
さっそく車止めの標識を見に行ったら、草花のプランターみたいなのが近くにあるせいか、想像していたよりほのぼのしていた。
上を見れば、「もじこう」の文字。こちらもなんだか昭和レトロでかわいい。
写真を撮りまくるが、どこかに移した時に行方不明になってしまって、ここでご紹介できないのは少し残念。
駅にあった観光のチラシによると、駅から港付近は門司港レトロ地区というらしい。確かに赤煉瓦の建物がちらほらと見かけられる。こちらも大正浪漫だ(たぶん)と思って激写してしまう。
石や煉瓦造りの建物だったから残っていたのか、煉瓦を時々取り替えたりして補修してきたからなのかは分からないけれど、こうして昔の建物が残っていれば当時の雰囲気が感じられるので、もっとその時代について知りたいと思う。
どんな人がここを闊歩していたのだろう?
立派な建物はたいていは、銀行とか財閥とかの建てたものらしく、門司港にある建物もそういう類のものだった。
ふと、なろう小説には財閥のお嬢様ものがあまりないなと思った。
あればきっと楽しいのに。
まあ、時代考証がめんどくさいから、みんなやりたがらないのかもしれない。
そういえば東京駅も、横浜の赤煉瓦倉庫も、煉瓦造りだったなと思い出した。
駅から港までは本当に近く、数分もかからない。町を見終わって港に向かうと、それほど遠くない所に橋が見えてきた。九州と本州を結ぶ関門橋だ。対岸は山口県下関市であり、意外と近いというのが第一印象だった。
目の前に広がる海は、関門海峡である。
ここには宮本武蔵と佐々木小次郎が戦った巌流島や、平家物語で有名な壇ノ浦の古戦場跡があるらしい。あまり興味がないのでそれ以上調べていないが、歴史ファンなら一度は訪れたい場所かもしれない。
平日の午後に行ったせいか、まだインバウンドなんちゃらの前だったからか、門司港の港は閑散としていて、観光客の姿はほとんど見なかった。
機会があれば関門橋を渡ってみたいと思って調べてみると、橋は高速道路専用らしく、歩きや電車の人はみな地下トンネルになるということだった。海底トンネルを歩いて九州から本州へ渡るのも面白いかもしれない。
トンネルは三種類あり、車や人、自転車が通るための関門トンネル(国道)、JR専用の関門トンネル(名前は同じなので紛らわしいが、こちらは門司駅から海の下に向かっていく別ルート)、新関門トンネル(新幹線用)となっている。
関門トンネルは、徒歩なら無料、自転車などの車両を押して歩く場合は有料とのことだった。
ほかに下関と門司港を結ぶフェリーの航路もあるので、時間があればフェリーを選ぶのも良いかもしれない。
ぶらぶら街歩きも疲れてきたので、海沿いのカフェに入ることにした。プリンと焼きカレーが名物というお店だった。
さっそくプリン……ではなくて、焼きカレーのほうに惹かれて、夜ご飯には早かったけれど、もう来ないかもしれないからと思ってうっかり頼んでしまった。
門司港は焼きカレー発祥の地だと何かに書いてあったのだ。
店内からは、夕方になろうとしている港の様子が一望できた。空の向こうには対岸。他にお客さんがほとんどいなくて席も選び放題だったから、四人掛けの席に贅沢に荷物など置かせてもらい、ゆったり使わせてもらった。
焼きカレーは口コミ通り、グラタン皿の上にぐつぐつしながらやってきた。ドリアにカレーソースが入っているような感じである。味は普通に美味しいが、カレーってそもそも美味しいものだから、焼きカレーとしてのランクみたいなものは分からない。まあ、いいや。
お会計を済ませると、町はもう見つくした気がしたので、さっさと空港に移動することにした。
小旅行は終わりである。
駅舎に戻り、大正時代のお部屋などを拝見(無料)した後は、車止めをもう一度確認したら、大人しく空港に向かった。
帰りに小倉駅からソニックなる特急に乗った。面白かった。