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今井町の夜


京都から奈良の吉野山に行く途中に、大和八木という駅がある。


近鉄京都線の駅で、京都からは一時間くらい。


この駅からは南北方向に走る京都線の他に、西は大阪方面、東は三輪山などが連なる方面に向かって電車が出ているため、駅舎は普通の駅より少し大きい。それに結構古い。

改札内には個人経営と思われる菓子パンや惣菜パンを売るスタンドがある。コンビニに、奈良名物、柿の葉寿司の店舗もあった…かもしれない。

スタバじゃなくて、地元のパン屋さんというところがいい。


駅の外もこじんまりしている。

改札を出ると、右手には呑み屋さんが軒を連ねた小さな通りが続き、正面には二十階建てくらいの立派なビジネスホテルがあって、近くには市役所の分庁舎などもあるが、その先となると大通りの両側にすぐに住宅地が広がり路地があるというような、都市郊外のベッドタウンといった感じの町だった。

都心に慣れている身からすると、大きな道路からそれほど離れていない場所に、一軒家が、それも日本家屋が並んでいるというのはなんだか見慣れない。空が広いなと思った。



この駅に降りたのは、数年前の春だった。


その年は、四月から仕事がなくなったので時間を持て余してしまい、とりあえず図書館やカフェに行ってはみたけれど、それもそんなにやりたいことってわけでもなかったので空っぽな気分がなかなか治らず、かといってずっと家で鬱鬱と過ごすのはもっと滅入る一方なので、何か、平日に休みじゃないとできないようなことをしてみようと思っていた。


美術館に行くか、観光名所に行くか。それともいっそ、何か新しい資格でも取って、就職に役立てようか。


さてどうしようと思っていたらちょうど、都内で電車に乗っていた時に吉野山のポスターが視界に入ってきた。何の気もなしに。

そうだ、吉野に行こう。である。

(ポスターにそう書いてあったかは分からない)

山の一画とはいえ、一面がピンクに染まる景色は一度は見ておきたいと前々から思っていたことを思い出した。


せっかく毎日が日曜日なんだし、仕事探しのようなエネルギーが必要な前向きなことは何もする気にならないので、行くなら今だ。もう行ってしまおうと思った。まあそれは、高い新幹線代を払ってわざわざ吉野まで行くことへの言いわけでもあるけれど。

そういうわけで、吉野山ってどこ?というところから情報を探してみた。



吉野山の最寄駅は吉野である。

京都からは近鉄の電車で二時間くらい。

始発の京都駅から橿原神宮まで行き、そこから吉野方面の列車に乗り換えて終点の吉野まで行くというのがオーソドックスな行き方である。本数は限られるが、直通の有料の特急もあるようだった。

吉野の駅から吉野山の桜が見えるあたりまでは、ロープウェイやバスが出ている。

吉野山観光協会さんのページによると、宿もいくつかあるようだった。


たぶん、吉野山に泊まれたら最高だと思う。朝晩の空いているうちに桜を見に行けるし、夜はライトアップするらしいので、夜桜もきっときれいだと思う。

なにしろ、見に行ってその日のうちにすぐに帰るのではあまり情緒がない。

それを考えると吉野山近辺に泊まりたいところだったが、お花見の季節には当然ながらどこも空いていなかった。


京都駅周辺は2020年から2023年にかけてやたらめったらホテルができたので、同じグレードのところでも他の地方の駅近よりも安かったりして、部屋もそこそこ空いていた。コロナが明けきってなかったというのもあるかもしれない。

京都に泊まるのもありかと思った。

ただやっぱり京都から吉野山までは電車で結構かかるし、かなり混雑するだろうから、途中までは行きたいところ。そういうわけで、吉野山に近いところ、アクセスの良さそうな乗り換え駅の、橿原神宮近くでホテルを探してみた。


某ホテル予約サイトで検索して、点数の高い順にいろいろ見ていくと、こぎれいなゲストハウスがヒットした。

口コミもなかなか良好である。

下手なホテルより安いぶんコスパは良さそうだったので、露天風呂つきのホテルと迷ったけれど、泊まるだけならと、そのゲストハウスにした。


予約して、さっそくガイドブックを買った。

その頃の気持ちはあまり覚えていない。

いろいろ麻痺していたから、業務みたいにたんたんとこなしたのかもしれないが、たぶんワクワクしていた。楽しかったかもしれない。

何かを自分で探りながら決めていくこと。ひとつひとつ、進めていくこと。

それが良かったと今ならわかる。必要なことだった。



当日、新幹線に乗ってしばらくしてから、アクセスなどを確認するために宿の情報を調べてみた。

この時までは、ゲストハウスが橿原神宮駅から徒歩圏内にあるものと信じきっていたのだ…が、よくよく確認すると最寄駅は大和八木と書いてあり、あれ、違う?となった。

なんてことだ。結局は橿原神宮で乗り換えなくちゃいけない。吉野行きのホームで先に並んでおいて、始発が来たら座ろうと思っていたはずが。

でもまあ、そんなことがなければきっと、この駅に降りることもなかったと思う。



夕方、大和八木に着いて駅前で早めの夜ご飯を済ませると、外に出た頃にはすっかり夜になっていた。

コンビニで水と軽食を買って、ゲストハウスに向かう。細い路地が入り組んでいて、グーグルマップがなければ迷いそうだった。

ふと見上げた川沿いの橋の上からは星がよく見えた。夜空は驚くほど暗くて、暗い夜空にきらきらと星が輝いているのを見ているうちに、晴れていたんだと気がついた。



ゲストハウスを探し当てて(ほんとに住宅を改造して下宿にしたような外観だったから知らなければ側を通ってもたぶん分からないだろう)、管理人さんから共有スペースの使い方などひと通りの説明を聞いた時に、今井町について聞いてみた。

今井町とは、ガイドブックによると、江戸時代から続く商家の街並みが残っている一画らしい。昼間なら建物のいくつかは見学できるみたいだったが、着いたのが夜だし次の日は吉野なので、外からでも見れたらいいなと思っていた。


「今から見に行けそうですか?」


「ぜんぜん大丈夫ですよ」


行き方を聞いて、てくてくと歩いていく。

途中、車がかなりの速度で通り過ぎる。

これは、歩行者がいるとは全く思っていない動きである。ちょ、ちょっと。いますよ!近いって近いって!


ガードレールもない道で夜にひとりで歩いていて、轢かれでもしたら悲惨である。そう思っていたら、グーグルマップさんには何も書いてないエリアにさしかかり、お墓だということが判明した。

真夜中に、人の気配のない静かな道沿いのお墓は、なかなか怖いものがある。

ああでも、気配がない方が今はまだいいのか。ある方が怖い。生きた人間でも、あちらの世界の皆様方でも。


皆様の仲間入りするにはまだ早いです〜。


とにかく車には気をつけて、道にも気をつけて歩いていく。


少しすると、ちゃんと歩道があるエリアに出た。グーグルマップさんによると、もうすぐである。

さらに先へ行くと雰囲気のある橋についた。解説が書いてある。


「今井・寺内町 

     重要伝統的建造物群保存地区」


目的地に着いたみたいだった。


横断歩道を渡れば、人ひとりいない夜の町は、二階建ての白壁の商家が軒を連ねて、現代の街灯が照らしている。


狭い路地を歩いていると、ときどき木造の板壁の奥から、お父さん、ここ置いとくわよ、なんて奥さんが話しかけてる声なんかが聞こえてきたり、物音や、茶碗を洗う音がして、生活の気配が感じられる。

これは夫婦喧嘩なんかしたらご近所に丸聞こえだわ、と思うとちょっと可笑しくなる。

ここは静かに暮らす地区らしい。



ひととおり見て満足した帰り道、行きと違うルートで帰っていると、飲み屋さんがあった。古民家みたいな店構えで、格子戸の奥に灯りが見えている。

手書きのメニューが店先に出ている。

なかなか美味しそうだったので、今度、機会があったら行ってみたい。


ゲストハウスにも無事着いて、お部屋でごろんとなりながら、夜の闇の町もなかなかいいなと思った。











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