スコールで
2027年 三菱重工業 相模原製作所
この日は、工場で完成した10式戦車を陸上自衛隊へ納品する日だ。
試走行・性能チェックが完了した10式戦車21両は、90式戦車が次々と引退する北海道へ増備のため輸送される。
今回輸送を担当するのは「防衛省」
つまり、「陸上自衛隊」という一組織ではなく、陸海空自衛隊が共同で輸送任務に当たるのだ。
これには政治的な問題、すなわち緊張の高まる尖閣・北方領土有事に増援を輸送する訓練という目的があった。
実戦では追加兵器を輸送艦に搭載して派遣する際、必ず敵勢力からの攻撃を受ける。
それを防ぐため、護衛艦・護衛戦闘機をつけて輸送にあたるのが一般的だ。
今作戦には陸上自衛隊の戦車輸送隊・特殊作戦群の他、海上自衛隊の輸送艦「くにさき」に加え第一護衛隊群、「いずも」に搭載された航空自衛隊第11航空団飛行群第309飛行隊、及び三沢基地より無人偵察機「グローバルホーク」が参加する。
数日後、輸送艦隊は順調に宮城県沖を航行中だった。
「今は航海用レーダーがあるから良いけど、昔の人たちは大変だっただろうな。このスコールじゃロクに本州も見えない」
そうぼやいたのは旗艦いずもの五十鈴航海長だ。
今、太平洋上に低気圧前線が停滞しており、経験したことのないスコールに見舞われていた。
長時間に渡り、大量の雨粒が甲板に叩きつけられていた。
このスコールの勢いは凄まじく、陸地はおろか艦隊最後尾のイージス艦「こんごう」すらかすんで見える有様だった。
「まずいな…スコールならまだ排水が機能するが、波まで高くなってきた。F35の固定を再度確認しろ!あれは一機150億だ。替えの利くものじゃない」
『航空整備隊員に通達!機体の固定を再度確認せよ。繰り返す、機体の固定を再度確認せよ』
通達を指示したのは艦隊のトップ、いずもに着座する権田第一護衛隊群長だ。
いずもは基準排水量19,500トン、全長248mの日本最大の護衛艦だが、激しい波はその巨体をも揺らし始めていた。
「グローバルホークはいいよな、今頃積乱雲の上1800mを優雅に飛んでるんだろうな」
そんな時、航空自衛隊三沢基地から通信が開始された。
『こちら三沢、艦隊の耳に入れておきたいことがある。通信は大丈夫か、オクレ』
「問題ない、要件は何だ オクレ」
『上空偵察中のグローバルホークを消失した。レーダーに映っていない』
アメリカから供与された無人偵察機が消えたとなれば大問題だ。
「墜落か?」
『グローバルホークからの通信が途切れたのと同時にレーダーから姿を消した。機械故障なら着水まで通信は続くはずだ。しかし同時となると…』
「攻撃による撃墜の可能性も出てくるわけか」
墜落と同時に通信機器が故障する場合として考えられるのは、攻撃によって物理的に破壊された場合だ。
『いや、それならそれで墜落までの数分は軌道がレーダーに映るはずだ。しかし機体は高度1820mで文字通り消えた。まぁ、その場で木っ端微塵に爆散した可能性もあるが』
「なるほど、こちらでも捜索してみるが視界不良で成果は見込めないぞ」
『分かっている。だザッが、少し不ザッ可解な点は残るし、機ザザッ影が消えたのも艦隊が今いるザッ真上だ。十ザザ分気ザザザッをつけザッ』
「おい、雑音が多いぞ、何かあったのか。応答求む オクレ」
『ザザッ ザザザ ザッ ザザザッ ピーーー』
「通信、切断されました」
「そこまでスコールの勢いが増しているわけでもないが…」
稀に気象条件が悪く、通信に雑音が混ざることはあるが、通信開始初期とあまり変化はない。
つまり、それ以外の何かが要因ということだ。
しかし、その悩みは次の瞬間に吹き飛ばされた。
「艦影補足!艦影補足!」