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入り口のそばにいるスパイ  作者: 西松清一郎
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2

 今、私はまたあの路地の入り口にいる。

 そして、今日もあの男はいつもの場所に立っている。とっくに光合成の役目を終えた、灰色の枯れ木のように。


 私が好奇の目を向けても、男は顔を上げようとしない。日没が近く、バーの木製ドアの小窓からは、遠慮がちな黄色い光が漏れている。私は意を決して狭い通路を進み、そして男の横にあるドアの取っ手を掴む―――ことに失敗した。男に近づくにつれ勇気はしぼんでいき、ついに昨日と同じようにバーの前を行き過ぎてしまった。


 情けなさを引きずりながら、バーが含まれる区画を一周し、また元の位置へと戻った。上半身を傾け、ゆっくり通路を覗き込むと―――まだ男はそこにいる。


 私は瞬間、途方に暮れた。バーに入るための許可など要るはずもないのは、頭ではっきりと理解していた。しかし、その古びた扉とその隣を(かたく)なに占有する男とが放つ、一種の拒絶的な波を感じずにはいられなかった。


 左右に首を振り、横に伸びる駅前の通りを眺めた。その男のように周囲に体を溶け込ますことのできない私は、道行く人の目に奇異に映り始めていた。私の脚は再び前へ進む力を得た。歩かざるを得なかった。膨張する空気に押し出されるように、私の体は再び男へと近づいていった。


 男はそこで初めて顔を上げ、私を見た。もはや動作を止めることはできなかった。ごくわずかの時間に、私の頭の中で、後戻りを許さない感覚と、進入を中止する声とがせめぎ合った。そこに男の視線までもが突き刺さり、視界は反転しそうになった。


 ドアの取っ手を握ったのは、立ちくらみを起こしてよろめいた結果だったのかもしれない。気づくと私は血管の(うず)きをこらえながら、重い木製ドアをくぐり抜けていたのである。

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