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喧嘩するほど

「でね、やっぱりぜろちゃんのその服はどうにかした方がいいと私は思うの。だから、今から衣類の盗難を実行しようと思うんだけど」


「待て待て待て!! 一回落ち着こう!! そう気軽に盗みは働くもんじゃないぞ!!」


魔法少女共から逃げ切ったところまでは良かったものの、結局ぜろちゃんの服ボロボロ問題は解決してなかった。

だから、いちごちゃんがオレの衣服を調達しようと意気込んでくれているところまではいいんだけど……。


クソっ! にこちゃんは用事ができたとか言ってどっか行っちゃうし、魔法少女の追っ手も来ないから、いちごちゃんの奇行を止められそうにない。


「駄目だよ。女の子なんだし、そんな服で過ごすなんてさ。大体、私達はすでに政府の実験体にされてるわけで、そのことを考えたら窃盗なんて安いもんじゃない? 何なら、国家反逆くらいしたって許されるでしょって私は思う」


やばいこの子危険分子すぎるよ………。

ぜろちゃんだってそんなこと考えなかったよ?

そりゃ政府も躍起になって捕獲しようとしますわ。


って言っても、まあいちごちゃんの言ってることも理解はできる。理解はできるが、オレ自身別に政府が何してこようが逃げればいいだけだし、恨んでもないからな。

なんならマジカルなんとかの子たちも嫌いじゃない………ってべ、別に好きでもないんだからね!?


「とにかく! 盗みは駄目だ! 大体、最強の魔法少女が盗みはなんか違うだろ!」


「それで言うなら、何度も言わせてもらうけど、そんなボロ布、最強の魔法少女が着るにしては貧乏すぎるの!」


ぼ、ボロ布だと〜!? 

一応『clean』で綺麗にしてるんだからな? 菌一つわいてないくらいに洗浄してるんだからな!?


「うっ! うるさい! 衣装はそのうち調達する! 今は仕方なしの時期なんだ! 大体、法律を破ったら駄目なんだぞ!!」


「法律破ったら駄目だって言うなら、魔獣を無許可で狩ってるのはどう説明するっていうの? 結局法律に抵触してるじゃん! それに、仕方なしの時期なんだったら別に盗みだってしていいでしょ!?」


それとこれとは違う! 最強が無許可で魔獣狩りしても最強って感じがするけど、最強が窃盗働いたら最強っぽくないじゃん!


「つべこべ言うな!! 盗みは駄目なんだよ!! 駄目ったら駄目だ!」


「そんなに言うんだったら、もう知らない!! 一生そのダサいボロ布着ておけば!?」


「やってやるよ!! 服くらい自分で調達できるし! 大体、協力なんて必要ないってんだ! 研究所から助け出してやったんだし、貸し借りはもうなしだ!」









や、や、やっちまった〜!!

ついカッとなって、いちごちゃんと大喧嘩しちゃった……。お、大人気ないことしちゃったよ……。くそ、自尊心がみるみる減っていく………。優越感で満たしてきたぜろちゃんず自尊心が〜!!


いちごちゃん、流石にまた政府に捕まったりしないだろうか……。いや別に心配してるというわけではなくてだな……。


ほら、いちごちゃんはオレの固有魔法のことを知ってるだろ? もしそのことを政府が知ってしまえば、その対策を練られかねない。というか、それ以前に固有魔法以外に戦い方を知らないから、マーメイドガール連れてこられたら普通に詰むんだよな。


「はぁ〜。でも、謝りに行くってのも………なぁ…………」


まあ、元々お互い単独行動だったわけだし(いちごちゃんはにこちゃんと一緒に行動したりしてたのかもしれないが)、元に戻ったと考えれば、別にそこまで気にするようなことでもないのかもしれないな……。


「はぁ………。あいつらのとこ、行くか」


大量にぜろちゃんず自尊心を消費したし、失った尊厳を取り戻すためにも、優越感にひたりに、ホームレス達の元にでも行ってみるかな。









「はぁ……。言いすぎちゃったかな………」


いちごはぜろちゃんと別れた後、1人トボトボと当てもなく歩いていた。

本当は2号ことにこちゃんが合流できるよう、その場でとどまっておくべきだったのだが、カッとなっていた彼女はすっかりにこのことを忘れきっており、気づけば知らぬ道を1人で歩むことになってしまった。


何もいちごは、ぜろちゃんのことを否定したかったわけではない。

ただ、心配だった。彼女にとって仲間と呼べるのは、自身と同じ存在である、にことぜろちゃんだけだ。そんな彼女が、ボロ布で行動し、見窄らしい格好でいるのが耐えられなかった。


いちごから見たぜろちゃんの印象は、不器用な善人だった。

露悪的に振る舞ってはいるが、その実他人のことを気遣わずにはいられない。それが彼女だ。そんな不器用な彼女が、政府によって虐げられているにも拘らず、それを甘んじて受け入れてしまっているのが、やるせなかった。


ぜろちゃんの時間停止さえあれば、なんだってできるはずだ。

復讐なんて、簡単にこなせるだろう。研究所の職員を皆殺しにすることだってできたはずだ。実際、いちごはそれを行おうとしたこともある。結局、阻止されてしまったわけだが。


だが、ぜろちゃんにはその力があった。にも拘らず、彼女は一度も、その力を復讐には使わなかった。害が及ぼされた時に、その対抗手段として用いるだけであって、彼女から積極的に使用することはなかったのだ。


「でも、結局私も私、か……。望んでないことをぜろちゃんに強要させて………やってることは、研究所の奴らと何ら変わりない」


「そんなことないんじゃないかなー1号ちゃん。私は貴女と研究所の職員が同じには到底見えないんだけどねー」


1人思い悩む少女の元に、そんな少女の憂いなど吹き飛ばすかのような、そこ抜けた明るく元気な音が、別の少女の口元から発せられる。


「ふーん。そんな言葉を投げかけられても、私は絆される気なんてないから」


いちごは、少女に対して敵意を剥き出しにする。彼女にとって信頼できるのは、にことぜろちゃんだけだ。


「そんなに怖い顔しないでよ〜。貴女が考えてるような事態にはならないよ。私はみっすん達と違って、貴女を研究所に連れ戻そうなんて考えてもいないんだから」


少女は、巷では有名な魔法少女だ。SNSでの活動を積極的に行い、民間人を積極的に救助する正義の魔法少女として。

しかし、いちごは知っている。彼女が、決してそんな綺麗なだけの存在ではないことを。


「魔法少女オクト⭐︎パシーだっけ? 悪いけど、私はあんたのこと、これっぽっちも信用してないし、するつもりもない。だから、大人しく私の前から消えて」


「はぁ……。じゃあわかったよ。ほら! 私は魔法少女としての力を振るわない。貴女は、変身したままでいいからさ。だから、ちょっとだけでも話さない?」


そう言うと、少女は変身を解除した。いちごから見ても、今の彼女に、敵意はなさそうに思える。


「わかった。けど、妙な真似をしたら、容赦はしないから」


いちごは警戒しつつも、オクト⭐︎パシーと対話を行うことにした。というのも、オクト⭐︎パシーからは敵意を全く感じられず、本当に、話をしたいだけなのだろうと、そう感じられたからだ。


「単刀直入に言うんだけど、0号が言ってた、最強の魔法少女、とか言ってるの。あれ、やめさせてくれない?」


「へ?」


そんなことを言われるとは全く考えていなかったので、いちごはつい間抜けな声を漏らしてしまう。


「私は、1号も2号も0号も、研究所に戻してやるつもりなんて一切ないの。私はこれ以上、貴女達に強くなられても困るし。だから、最強を目指そうだとか、そんな考えは捨てて欲しいの。最強なんてものに囚われずに、慎ましく生きてくれるっていうなら、深海魔策(マジカルマリン)は勿論、政府の連中にだって、手出しをさせないように配慮する。それをできるだけの発信力が、私にはあるから」


もし、本当だとすれば、願ってもない提案だ。しかし、何故彼女がそうするのだろうか。そんなにも、最強を目指されることに不都合があるのだろうか。まだ、完全には信用できない。


「言ったでしょ。私は貴女のこと、信用しないしするつもりもないって。そのことが本当かどうかなんて、私にはわからない」


「なら、契約を交わしましょうか。保証はいくらでも行いますよ。可能であれば、貴女達の存在と、研究所や政府がやってきたことを全てSNSに公開して、多くが見るSNS上で貴女と契約を交わしてもいいです。私にとっては、深海魔策(マジカルマリン)も政府も、いつだって切り捨てられる存在ですから」


「どうして、そこまで最強にこだわろうとするの?」


「別に、大した話じゃないですよ。私が最強になりたい。その邪魔をしてほしくない。ただ、それだけ。あーでも、最強というのはあくまで魔法少女として、ですから、別にSNSで私より有名人になっても構いませんし、生活に困ったりしてるようだったら、できる限りにはなりますけど、全力でサポートもします」


どこまで行っても、上手い話だ。ぜろちゃんが最強になることを諦めさえすれば、生活の保障も、危険の排除も、何もかもが約束されるのだ。それも、契約の保証付きで。


いちごはこれまで、色々な研究職員を見てきた。彼らの顔は、欺瞞に塗れていた。いちごに対して、危害は加えないだとか、君はこの研究所でしか生きていけないんだ、だから逃げ出しちゃダメだ、とか、平気で嘘をついては、裏切ってきた。そんな彼らを見てきていたからこそ、分かる。

彼女の目に、嘘偽りはない、と。


「本当に、いいの?」


「できればそりゃ、生活とかは自分らでやって欲しいですけど、困ったら手を貸しますよ。これでも私、それなりに有名人なので」


簡単な話だ。ぜろちゃんが最強を諦めればいい。それだけで、いちごだけじゃない。にこと、ぜろちゃんの安全も保障されるのだ。


頷けばいい。この提案を、受け入れればいい。それだけで、もういちごは、何に怯えることなく、平穏な生活が送れる……。


本当に、いいんだろうか……。







『ぜろちゃんは最強だからな!』


………違う…。

これは、飲んじゃダメだ。


(これを飲んだら、私は2度と………ぜろちゃんに顔向けできなくなる!)


さっき後悔したばかりなのだ。押し付けがましい善意で、彼女のことを否定してしまったばかりなのだ。

同じ過ちを、2度も繰り返すわけにはいかない。


ぜろちゃんの夢は、最強の魔法少女になることだ。いちごにとっては、本当にどうでもいいことだ。けど、少なくともぜろちゃんにとっては、命にも変え難い、大事な大事な夢なんだろう。


それを理解しているからこそ、この提案は、飲めない。


「悪いけど、あんたのことは信用してない。そんな提案、願い下げよ」


「……そうですかー。信用してもらえれば、本当にそれだけで貴女達の身の安全は全て保証するつもりだったんだけど。仕方ない。強硬手段に出るよ」


少女が呟いた瞬間、いちごは背後から何者かによって拘束される。


「ふひひっ……! いちごちゃん、大人しくしていてね…? 安心して、私がちゃんと保護してあげるから……! 悪い大人……怖い政府も、研究所からも、守ってあげるから…!」


「くっ! はなせっ!」


「さて、1号確保と。安心してよ。私達は本当に、君らに危害を加えるつもりはないよ。私は忙しいけど、夜奈りんが守ってくれるからさ。みっすん達からも、研究所からも」


確かにいちごは、ぜろちゃんと喧嘩した。けど、それはぜろちゃんの敵になるという意味じゃない。

いちごにとっては、離れていても、喧嘩別れしたとしても、ぜろちゃんは大切な仲間なのだ。だからこそ、たとえ彼女らが本当に、正真正銘いちご達の保護に動いてくれるとしても、いちごは、それを拒む。


彼女らは、いちごの大切な仲間の夢を、潰そうとしているのだから。


「はなせって、言ってるでしょ!!!」


いちごは全身に炎を纏い、その熱気をもってして、拘束を振り解く。


「!?」


「まさか、固有魔法!?」


あまりの熱気に、魔法少女オクト⭐︎パシーはそう呟く。

そして、当然のように、夜奈りんと呼ばれた少女はいちごから引き離される。


「固有魔法? 何言ってるの? ただの通常魔法だけど」


「は……はは……何だそれ……そんなの、私よりもよっぽど………」


魔法少女オクト⭐︎パシーは震える。おそれからではない。自身の力の至らなさに、憤っているのだ。


「やっぱり、野放しにはしておけないなぁ……。駄目なんだよ。力があっても……。ただ力があるだけの奴が、最強になんてなっちゃいけないんだ……」


やがて、自身への怒りの矛先は、現在の最強への怒りへ、さらに、目の前のいちごへと変わっていく。


「西條吹雪なんかが、最強にいちゃいけない…! 0号が最強になんてなっちゃいけない……! でも……、お前はもっと駄目だ! 自分のことしか頭にない、そんなお前が、最強になんかなっちゃいけないんだ!!」


「別に最強になろうなんて思ってないんだけど」


魔法少女オクト⭐︎パシーは、その力をいちごへ向けて振るうことにした。魔獣を狩るために磨いてきたはずの、その力を。


「私が最強にならなくちゃいけないんだ! じゃないと、私はまた…!」


しかし、少女はその力をいちごへ振るうことはなかった。


「ふひひ………! クララちゃん、結構マズい状況ですよコレ」


周囲には、魔門(ゲート)が複数出現していた。

同時多発的に魔門(ゲート)が開いた前例は、過去に一度だけ。それも、最初に魔獣が出現したその時だけだ。


「う、そでしょ……」


その時は、同時に9つの魔門(ゲート)が出現した。だが、今回の魔門(ゲート)の数は……。


「いくらなんでも、多すぎる……」


その数は20。

前代未聞の危機が、いちご達の身を襲おうとしていた。


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