5,消えない、ヒト
ヒトは、肉と、骨と、体液でできている。
1、はるか昔に、この星へ送られた存在である。
2、わずかな意思とわずかな意志を持っているが、イシは持っていない。
3、命を持っていないが、再生する体を持っている。
ヒトは、崩れない。
雨や風や波や振動を受けても崩れない。
転倒しても崩れない。
ぶつかっても崩れない。
日差しを受けても色は変わるが崩れない。
ヒトはたまに、崩れる。
土に長く埋もれると、体が腐った。
水に長く沈みすぎると、体が腐った。
風に飛ばされて激しく星に叩きつけられると、体が破裂した。
炎で焼かれると、体が燃えた。
獣に食われると、体に穴があいたり、一部が無くなったりした。
崩れたヒトは、時間はかかるが、再生した。
腐った体は、腐った部分が落ちた後、少しずつ再生して元に戻った。
破裂した体は、破れた部分から体液が流れ出た後、少しずつ再生して元に戻った。
焼けた体は、焦げた部分がはがれた後、少しずつ再生して元に戻った。
食われた体は、足りなくなった部分が、少しずつ再生して元に戻った。
ヒトは、星に混じることはなかった。
どれだけバラバラになっても、小さくなった体の部分から、少しづつ再生して元に戻った。
ヒトは、消える事がなかった。
時折森の中に入って、緑をむしった。
時折海の中に入って、体を浮かせた。
時折川の流れに入って、身を任せた。
時折火を起こし、身を暖めた。
時折獣に立ち向かい、身を挺した。
ヒトは、この星の上で異質な存在だったので、どこにも混じることができなかった。
星に混じろうと海に入っても、混じれなかった。
星に混じろうと森に入っても、混じれなかった。
星に混じろうと川の流れに入っても、混じれなかった。
星に混じろうと風に飛ばされても、混じれなかった。
星に混じろうと火で焼かれても、混じれなかった。
星に混じろうと足掻いても、混じることはできなかった。
時折海を望むことがあった。
時折森を望むことがあった。
時折川を望むことがあった。
時折火を望むことがあった。
時折空を望むことがあった。
時折風雨を望むことがあった。
時折色んな場所を望むことがあった。
ヒトは、星の上で異質な存在であることを、受け入れざるを得なかった。
この身を消すことは、できない。
星に混じることは、できない。
この星に来て、どれほどの時間が過ぎたのか。
この星の上で、あとどれほどの時間を過ごさねばならないのか。
どれほど考えても、ヒトはヒトで在り続ける事しかできなかった。
ヒトがこの星に来た時、この星の上には緑と獣しかいなかった。
ヒトは気ままに、緑を食した。
ヒトは気ままに、水を飲んだ。
ヒトは気ままに、海の獣を食した。
ヒトは気ままに、森の獣を食した。
ヒトがこの星に来て、しばらくたった時の事だった。
ヒトは気ままに、星の表面にあった砂と水をこねた。
ヒトは思うままに、星の一部を練った。
ヒトの意思が練り込まれ、この星に、土が生まれた。
土が動き出し、ヒトは、慌てふためいた。
ヒトが唖然としているうちに、土は仲間を増やした。
ヒトが漠然と成り行きを見ているうちに、土は仲間を増やした。
ヒトが呆然としているうちに、土はどんどん仲間を練っていった。
ヒトは、どんどん数を増やす土を見て、恐れ戦き、逃げ出した。
好奇心旺盛な土は、ヒトを追い求めた。
追い詰められたヒトは、土を、排除しようと試みた。
ヒトは土を星に叩きつけた。
ヒトは土を手あたり次第に放り投げた。
ヒトは土をいくつも蹴り飛ばした。
ヒトは土をいくつも踏み潰した。
ヒトは土をいくつも殴って破壊した。
ヒトは土を崩し続けたが、土を消すことができなかった。
ヒトは、土と共に、この星の上で暮らすことを選択した。
しばらくたった時の事だった。
ヒトは意思を込めて、星の表面にあった砂と水をこねた。
ヒトは心のままに、星の一部を練った。
ヒトの意志が練り込まれ、この星に、新たな土が生まれた。
ヒトの出す声を聞き、声の持つ意味を知り、ヒトの意思を知ることができる、土。
ヒトが意志を込めて土を練った結果、ヒトの意思を聞く事ができる土が生まれたのだ。
ヒトにはイシがない。
ヒトは土のイシを感じることはできたが、土に意思を伝えることはできなかった。
ヒトが新しい土を生み出した結果、ヒトは土と意思を交わすことができるようになったのだ。
土と共に、この星の上で暮らす、たった一つの異質な存在…ヒト。
ヒトがヒトである限り、ヒトはこの星の上で過ごす事しか、できない。
……どれほど、土と、意思を交わしたとしても。
ヒトがヒトである限り、ヒトはヒトであり続けなければならないのだ。