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05_【王国/女官】ベルデ・エルネル



 ベルデ・エルネルは、ひたすら困惑していた。


 つい今朝方まで王都が陥落するか否かという状況で、ベルデの父もまた命を散らすべく出陣したのだ。ベルデも覚悟はしていた。

 騎士の娘として王家に仕え、飢えも病もなく生きられたのだ。死ぬときになって在り方を変え、命乞いをする気にはなれなかった。王家に仕える女官として殺されるだろう。きっとそうなるし、それでいいと腹を括っていた。


 それがどうしてか、勇者たちの傍に控えている。

 普段は王女アトリネットに仕えているのだが、たまたまアトリネットの目に留まったようで、勇者たちの世話を命ぜられたのである。


 王城の三階、いくつかある貴賓室の一室。全身をすっぽり覆うような白衣に身を包んだ勇者アユムが長椅子にだらしなく腰掛け、焼き菓子をぼりぼりと頬張っていた。その脇には銀髪の美少女レーナが、ベルデの役割など知るかとばかりに姿勢良く立っている。座れと言っても座ってくれないので、諦めたのだ。


「マスター。お茶のおかわりはいかがですか?」


 食べ滓をぽろぽろと零すアユムに、レーナが問う。本来はベルデの仕事なのだが、なんだか邪魔してはならないような気がして口を挟めなかった。


「んー、そうだな。もらおうか。ベルデだったかな、お仕事だよ」


「は……はいっ!」


 勇者に茶を淹れる。そう考えればとても名誉なはずなのに、微妙な気持ちになる。しかし身に染みついた技術は思考の有無に左右されなかった。どんな気持ちであろうがベルデが淹れる茶の味は、ほとんど一定だ。


 琥珀色の液体をカップに注ぎ、皿に乗せ、レーナへ差し出す。それをレーナがアユムへ手渡しする。美しい所作と、あまりにも雑な受け取り方。


「うん。美味しい」


 ずずずと音を立てて茶を啜り、くひひと笑う。

 気品というものがまるで存在しない、そのくせ奇妙なほど不快感を生じさせない物腰や態度だ。どう考えても『勇者』という言葉から連想される人物ではない。


 ――と。


「アユム殿! 貴殿の予想通りであったぞ!」


 蹴破らんばかりの勢いで扉が開かれ、グラード将軍が声を張った。今朝の戦場で死にかけたという話なのに、すぐにまた出陣でもしそうな勢いだ。


「そりゃそうだろうね。数の上ではこっちが有利なんだ。あちらさんの()()()()()が潰されたんだから、一旦退くに決まってるよ」


「然りじゃな」


 満足げに頷き、将軍はテーブルを挟んだアユムの対面に腰掛ける。魔銀の甲冑を着込んだままで、腰を下ろされた長椅子が軋む音を立てた。

 ベルゼはまたカップにお茶を注ぎ、今度は自分で茶器を持ってテーブルへ置いた。グラード将軍は特に反応せず、白い顎髭を撫でる。


「して、アユム殿よ。我々は、これからどうすればいい?」


「あのさぁ、お爺ちゃん。あなたたちの国、あなたたちの軍じゃないか。そもそも、お爺ちゃんはどう思ってる? 敵はどう動くと思う?」


「情報によれば、例の『機兵』は複数いたようじゃな。先の戦場で一機だけしか出さなかったのは……遺憾じゃが、舐められていた、と考えるのが妥当じゃろうな」


「慎重だったとも考えられるね。どうあれ、ぼくらを喚ぶまでは『機兵』に対処する術がなかったわけだから、一機でも十分なのはその通りだ。けど、予定外が起きたときのことを考えて『機兵』を温存していた」


「予定外は、起きたな。アトリネット姫には謝らねばなるまい」


「それを言うなら、ぼくらに謝って欲しいね。わけも判らず見知らぬ世界に身柄を拉致され、敵を倒せだなんて、とんでもない話だと思うよ」


「むう……」


 言葉だけ捉えれば辛辣な批判なのに、アユムの口調は何処か優しい。アユムの傍に立っているレーナが、注意して見なければ判らないほどわずかに笑んでいた。


 ずずず、とまたアユムが音を立てて茶を啜り、続ける。


「ま、そこまで気にすることじゃない。どうせ今更言っても仕方ないことだしね。それにね、これでもぼくは人に優しくしようと思ってるんだ。レーナにもそうしろと言っている。お爺ちゃんは人に優しくしてるかい?」


「儂の仕事は人に優しくしないことじゃからの」


 皮肉げに肩を竦めるグラード将軍の表情は、けれどこれまで見たことがないほど穏やかだ。もちろんベルデのような女官が将軍みたいな地位の人物を目にする機会なんてほとんどないのだけれど、それでも。


「ぼくらの世界では、人間は『優しい者(マンカインド)』と呼ばれている」


「『優しい者』……か」


「他人に優しいという状況は他人に優しくないんだけど、まあ、ともかくだ。そもそも最初から無理をする気はない。ぼくは、ぼくに優しいからね」


 くひひ、と意地悪そうに笑うアユムである。


 けれど確かに――と、ベルデは思う。アユムとレーナは何処か別の世界から唐突に召喚されたそうだ。それでこの落ち着きようは「さすが」と言うべきなのか「常軌を逸している」と評すべきかは迷うところだが、自分だったらと考えれば、とても召喚者たちへ協力する気にはなれないだろう。


「おそらくじゃが、総攻撃が来ると儂は考えている」


 空気を切り替えるようにグラードは言った。

 レーナがわずかに目を細め、アユムがまた「くひひ」を声を洩らす。


「向こうさんがとびきりの間抜けでなければ、たぶんそうなると、ぼくも思う」


 どうしてそうなるのかは、判らなかった。

 でも、たぶんそうなるのだろう、とベルデは思った。





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