××_【生存者】アユム・アサカワ
昔の人は旅を終えて帰宅すると「やっぱり家が一番ね」などと宣ったという。それはアーカイブで知った情報だが、自宅の窓から外を眺めてアユムが思うのは、やっぱり戻らなきゃ良かったかな、という中途半端な後悔だった。
アーカイブのフィクションムービーでしか見ることのできない青い空、地球の歴史上には有り得た例のない幻想的な光景。軍勢。魔法。それに勇者。
たくさんの、他人。
やれやれと溜息を吐きながら振り返れば、レーナを含む何体かの人形が、思い思いの時を過ごしている。レーヤ、レヴン、エルヴ……人格を有する人形たち。
けれども人間の脳を有しているのは、アユムだけだ。
それを寂しいとは思わないけれど。
「どうかしましたか、マスター?」
記憶の整理でもしていたのか、虚空を眺めて微動だにしなかったレーナが、アユムの溜息に気付いて首を傾げた。
「んー。勇者くん、家に帰れたかなと思ってさ。たぶん西暦二千年代あたりの日本人だろ、彼。あの格好のまま送還されたんだろうけど、大丈夫だったかなぁ、って」
「どうでしょう。知る術がありませんので」
「判らないじゃないか。彼の子孫がいるかも知れないし、彼の記録だって何処かに残っているかも知れない。望みは薄いにしても」
「ロマン……というものですか?」
「さてね」
だったらちょっと素敵だな、と思うだけ。
八割以上が機械化された自分の身体を眺め、窓の外に視線をやり、仕方がないのでまた「くひひ」と無意味な笑みを洩らす。
鉄色の分厚い雲は空の全てを覆っており、その雲が地上にもたらす錆塵が濛々《もうもう》と立ちこめ、視界などほとんど効かない。外の世界で十五分も呼吸すれば肺に細かな毒鉄が突き刺さり、死に至る。
ネットワークは切断され、ほとんどの人類は空の上へと逃げ出して、地上に残された人類がどれだけいるかなど判りはしない。
世界の終わりの、続きの世界。
剣と魔法の、眩いばかりの幻想などありはしない。
「とりあえずは――生き残った人類を見つけなきゃね」
いるわけがない。
そんなふうに思うけれど。
いたらいいな――なんて。
そんなふうにも思うのだった。
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