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10_【人形】レーナ





 励起機構搭載型合成義体零七号機――愛称『レーナ』は、この世界に召喚された瞬間の記憶を具体的かつ明確に思い出すことができる。

 機器さえあれば主観的映像を外部に出力することもできるし、紙と筆記具を用意されれば極めて正確な絵を描くことも可能だ。


 だから当然、レーナは「召喚の魔法陣」を正確に記憶していたし、この世界における「魔法」というものを解析し続けていた。


 証明は済んでいないが、ほぼ間違いなく『魔力』とはレーナを動かしている『励起機構』にかなり近いものである。ほぼ同一といってもいい。そのことを昨晩、マスターであるアユムへ伝えたところ、彼女はなるほどと頷いて言った。


「だったら『勇者召喚』の魔法を解析して、逆回しにすれば帰られるかな」


 その理屈はレーナにとって驚きだったが、正しかった。

 もちろん単純な逆回しでは意味がない。ミルクを混ぜたコーヒーを、元のコーヒーとミルクに戻す、そんな不可逆性を越えた計算は必要だったが、計算そのものはレーナの得意分野である。戦闘時の瞬間的な判断よりも、よっぽど。


 魔力によって構成された魔法陣は渡辺友樹の存在を解析し、彼の『在るべき時空』という情報を根拠に『勇者()()』の魔法が発現する。彼が何処の誰かをレーナは知らないが、彼自身が知っている。


 光が溢れ、そこにいたはずの勇者が消える。


「勇者殿――!」


 駆け寄ってきたのは、デイモンド・イルグ上級騎士だった。その隣にはアユムから白衣を渡された斥候の騎士が立っており――その騎士からレーナは白衣を受け取ったのだ――どちらも驚愕を顔面に張り付けている。


「ぼくらはぼくらの仕事を終えたと考えてる」


 相変わらず白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、アユムは彼女にしてはめずらしく声を張って言った。


「敵の『機兵』はとりあえず全部潰した。敵の勇者は消した。敵軍は突撃して来てるから対処はしなきゃならないだろうけど、後はまともな軍と軍のぶつかり合いだ。そっちは、ぼくらの管轄じゃない。もしかしたら敵側には『機兵』の技術がまだ残ってるかも知れないけど、それは昨日レーナが倒した『機兵』をバラして解析するなりして、どうにかモノにするしかないだろうね。備えは、たぶん必要だ」


「……感謝を、するべきなのだろうな……我々は……」


「日照り続きにたまたま降ってきた雨みたいなものさ。したいなら好きにすればいいけど、人のために雨が降ると考えるのは危険な思想だとぼくは思うね」


「いや、感謝をする。ありがとう、勇者殿」


 右腕を胸の前へ掲げ、踵同士を合わせて鳴らす。どうやら王国式の敬礼のようだ。デイモンドの所作を見た斥候の騎士も同じようにしたが、彼らがどのような感情からそうしたのかは、レーナにはあまり判らなかった。


「まあ、いいさ。王女様と、ベルデと、グラードのお爺ちゃんによろしく」


 言って、アユムはレーナへ顎をしゃくって見せる。やはり意地悪そうな笑みを浮かべてはいるが、なにか思うところはあるのだろう。具体的には判らないが、いつも見ている笑みとは違うような気がした。


 気のせいだろうか?

 レーナには判らない。


「では、『勇者送還』を起動します」


 と、レーナは言った。


 いつの間にか軍の両翼側が敵の突撃に応じて動き出しており、例の『機兵』を取り除けば、あとは単純な数の問題になるだろう。もちろん王国にも帝国にも、グラード・グライムス将軍のような規格外はいるのだろうが、それは最初からそうなのだ。


「それじゃ、帰ろっか」


 ごくごく普通に、ありふれた外出の終わりみたいに。

 家族に声をかけるみたいに、アユムは言った。




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