8.三日坊主
三日坊主を十回続ければ一か月頑張ったことになる。
……というのは、男の高校時代の先生の弁だ。
男はなにかとハマりやすい性格だった。
流行りものや若者の時分で好むようなものは当然のこと、それ以外にも人を選ぶ題材を元にした小説やゲーム、特に神話関連を題材にしたものにはことさらのめり込んだ。
また餓鬼の時分には運動も好きで、部活動は運動系であり、文科系に入ったのは大学時代のみ。スポーツ漫画が多かったのも影響なのだろうが、今でもスタミナは健在である。
しかして同時に飽きっぽい性格でもあった。
百時間やりこんだ好きなゲームも、アニメや映画と追って行った作品も、行き着くところまでいけば人間関係までも、ふとした瞬間、自分さえ気づかぬうちに興味が失せている。なんてことがざらにあったのだ。
今でも仕事の一部として続いている文字書きにしてもそうだ。
集中的にバリバリと進む日があれば、電池切れしたかのように筆が進まないことだってある。
それは本日も無事発動したようで――。
「ほーら。進んでないわよ」
「うー……」
唸る男はテーブルの上に突っ伏しながら、スマホでTwitterを眺めている。
タイムラインを流れるのは一般通過神絵師の落書き(とかいう神絵)や、お世話になってるR18アカウントのスケベなイラスト、そして時たま「いいね」したものの傾向を元に選出されたツイートの数々。
「……えっちな話を書くのにも才能がいる。頭を徹底的にピンク、あるいはブルー、はたまたホワイトに染め上げるところから始まるし、染め上げたならムンムンと湧き立つものもあるんだよ……」
「書くのに適する場所で書いてない時点で、そもそもが間違ってるじゃない」
男は仕事中だった。……一応。
脇に寄せられたノートPCにはスマホ用のR18ゲームの設定資料集が、見られても困らない程度にスクロールしてある。放置状態だがスクリーンセーバーは落ちていない。セキュリティ意識皆無である。
「で? つまりその先生は何が言いたかったの?」
「……まあ、期間が一日二日、究極的に言えば一か月一年と開こうとも、継続することが大事で、続けて培ったノウハウは無駄にならん……らしい」
「……疑わしいわね」
「それは俺もそう思う」
「本末転倒じゃないの」
ため息一つ、女はちびっと珈琲を飲み下す。二杯目淹れたての香りは、安物であろうとやはりいいものだ。
そしてふと気づく。珍しいこともあるものだと。
「アンタが自分の関わった人の話するのって珍しいわね」
「んあ? ……前もしたよーな気ぃすっけど」
「ネット界隈じゃないところでってことよ」
「……あぁ」
以前話したのはネット活動を本格的に始めた時のことだ。ああ、と気の抜けた顔のまま、気の抜けた返事をする。そしてすぐにうげぇと、顔をしかめた。
「べっつにぃー。ただ俺の学生時代なんて、思い返しゃあ暗黒の時代だったからよ。誇れる話なんざ、何一つとして残ってねーんだよ」
「で、つい口に出たのが高校の先生だったと」
「……特別仲良かったからなぁ」
しみじみと、思いふける。
思い出したくないこともあるけど、その記憶を通り抜けて鮮明に思い出せるのだ。
「先生だけど、先生じゃないっつーか。受け持ちの授業で話すことは十五分教科書の話で、あとは雑談だったな。業界の闇もたまーにちらっと話してくれた」
「不良教師ね」
「でも話が面白かった。あと職業高校に近かったから、実技授業がめっちゃ面白かった」
「思いのほか、良い思い出じゃない」
「……それも、今にして思い返したら、だな」
やり直したいことなど、生きれば生きるほど増えてくことは知っている。けれども口をつくのはそんなたらればだけだった。
「あーあーあー、もっと真面目に高校行ってたらなー。講義サボらず大学行ってたらなー。もっといい人生だったのかなー」
だが、男はぼやいた言葉をすぐに取り返すように付け加える。
「――ってぇのは建前で」
「本音は?」
「どーせ俺だから行き着くところはどこか辺境のはずれだってな。その辺境のはずれで、サボって、遊んで、なんかはじめて、三日坊主繰り返して、」
「ま、いーんじゃないの。アンタの人生、使い方も始め方も終わり方も、好きなようにすればいいわ」
「テキトーだな」
「正しい意味で、適当な回答でしょ?」
「まったくだ」
突っ伏した体勢から起き上がり、パソコンに向かい合う。
「さぁてと、何百回目の三日坊主を始めますかっと」
「せめて二日はやる気を持たせなさいよ」
明日になれば揺らぐだろう心を予知しながらも、男はキーを叩く。