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6.脅威の胸囲論争

 女は人目を引きやすい。


「ねぇ……あの子――」


 そこから先は聴こえてても聴かないフリをしている。


 容姿のこと。服装のこと。化粧のこと。


 知らない何処の誰かにどう評価されようと、女は気にも留めない。

 良し悪しや是非可否はさておき、どうでもいい奴らの目にどう映ろうが構わない。


 ツーンと、擬音が聴こえそうなくらいに澄ました態度で往来を歩く彼女だった。


「わぁ……すごい気合入ってるねぇ」


 ――なんで今日はよく耳に入るんだろう。


 女は不思議だった。

 気にせずと思っていても、どこか気になっているのか。にしても今日は周囲の声に敏感だった。体の調子でもいいのだろうか?


 ――ま、当たり前でしょ。


 気合が入るのは当然である、と女は心中でどや顔してのける。


 女は自分が好きだ。

 常に可愛い自分が好きだ。

 綺麗に着飾った自分が大好きだ。


 逆にサボろうとする自分は嫌いだ。

 せっかく可愛くなれるのに努力をやめるのが嫌いだ。

 綺麗になれる機会と時間を逸することが大嫌いだ。


 だから努力する。人に見られる努力も、人から見られない努力も等しく。

 人から笑われようと、可愛い自分でいられる努力を続ける。


 そう、それがいつも会ってる男だとしても。誰に会うにしても、だ。


 ……あの男に会うにしては、さすがに頑張りすぎていると思うけど。


 駄目だ、今日は余計なことを気にし過ぎるきらいがあるのか。腕時計を見ると言い伝えてた時刻より少し遅れている。早く行こうと歩くスピードを上げようとした矢先だった。


「大丈夫だって……む、胸の大きさは勝ってるから」


 ――――。


 数瞬、女の足が岩のように固まったが、すぐに石化は解除され、いつものカフェへと向かう。……普段よりなぜか足取りが遅くなり、到着を告げた時刻よりもさらに数分経ってしまった。


 外から辺りを見渡すと、晴天ながらも窓際の席にいる男を見つけた。スマホとノートパソコンに視線を往復させながら、なにやらカタカタとタイピングしている。


 カフェの中に入り、体面に座ると、びっくりしたように顔を上げた。ブルートゥースイヤホンをしていたようで、音はほぼ聴こえていなかったらしい。イヤホンから「コリコリッ」と響いてくる。ASMRを聴いてたようだ。


「おいっす。昨日ぶり」


 にへらと笑い挨拶一つ、再びノートパソコンとにらめっこする。


「……仕事?」

「おん。たまーに金稼いでる姿は見せねーとな」

「……誰に」

「カフェの人とか」


 「今更体裁を気にしている立場じゃないだろう」とは言わなかった。


 なにせそれより無償に聞きたいことがあったからだ。


「……ねぇ……」


 消え入りそうな声で、女がボソッと言ったのを視界の端で捉える男。


「なんか言ったか?」


 いつもいつも、男も男だった。

 しかして女も女で付き合う分だけおかしくなってきていた。


「男ってやっぱり胸が大きい子が好きなの?」


 ……なにせ、普通は気になっても聞かないようなことを、普通に問い詰めれてしまうのだから。


「……なんかあったん?」


 さすがにおかしいと思った男もまずはともあれ聞いてみる。が、すぐに取り下げた。


「なるほど、まあ何があったかを聞くのは野暮ってもんか。お前の人生お前の生活、そこまで立ち入って聞くもんでもないだろうに」


 察した男は反論させることさえ女の恥になるかもと思ったのかはさておき。矢継ぎ早に持論を語る準備を整えると、一気呵成に言の葉を紡いでみせる。


「ズバリ言おう。男は胸の大小を好むものにあらず……俺からしてみれば、その程度低次元の話で言い争っている時点で男としてクソボケだ」

「……というと?」

「男はおっぱいという尊い存在そのものが好きなんだ」


 ドンッ! とか、バンッ! って効果音が出そうな、圧倒的自信に満ちた一言。


 カフェテリアの中であることを意に介さない、威風堂々たるまったくもってくだらない言葉に、女はなにか心にハッとしたものを受けた。


「大きいおっぱいから感じ取れる柔らかさ、母性、抱擁感エトセトラ……これらを嫌う男は確かにそうそうおるまいて。しかし、小さなおっぱいもまたしかり。抱き寄せられた時、そこには確かにある温もり、確かに聞こえる人の鼓動の安心感、女性の母性を感じられることに違いはない。むしろ感度の良さげふんげふん、今のは忘れてくれ。つまり大小如何のくだらん話題、そもそもすること自体が不毛極まりないってことだ」


 その論評は「おっぱいの大きさどうのこうの論争」に一石を投じるとは思えなかった。あくまで個人の意見、趣味嗜好に相違ない。だが男が「おっぱいは大きいのと小さいのどっちが好き?」と問われたらば――そんな下世話で飲みの席でしか通じない冗談に、ザックリ深々刃を刺すための回答だった。


「ま、例外はいるだろうけど……差し出がましいようだがー、これも同性同士指摘しあうもんでもない。男ならいわゆるブツのデカさで云々言い合うようなもんだ。奥ゆかしさが欠片も無い、恥ずるべき問答ってもんよ」


 言ってて恥ずかしくなるだろうに、男の表情はおくびも変わっていない。むしろ「言ってやったぜ」と誇らしげだった。


「それで? 男の俺の回答は、お前の中で多少なりとも得心いくものとなったかね?」

「……ええ、まあ」

「ならよかった」

「……やっぱり一つ、いい?」

「どうぞ」

「……も少し声のボリュームだけ落としてほしかったわ」

「……ッスゥー……」


 居た堪れない視線に二人は一時間ほど耐える羽目になるのだった。

昨日の更新分です。

日付設定ミスってましたので、明後日辺り2話まとめて投稿します。

スマヌス

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