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12.人の振り見て我が振り直せ

 鎮痛剤がよく効いた。とても快調な腰具合だ。やはり健康体とはいいもんだ。不健康な時こそ、健康の尊さはよくわかる。


「回復したとはいえ、まだ六割調子なんだがな」

「そんなやつを連れまわすなって言いたいの?」

「ソウハイッテナイケドナー」


 山積みになってた紙袋を両手の長さいっぱいにぶら下げて、男は白々しく空笑いして言った。


「むしろ、ご褒美でしょ?」

「ソダナー」


 さて、男と女の二人はというと、珍しく普段のカフェ集合ではなく、都内でも有数の大型ショッピングモールにいた。現在は買物中だ。女の。


「……つーか買いすぎじゃね?」

「そう? これくらい普通じゃない」

「あいにく密林の民なもんでな」

「らしいわね。ウィンドウショッピングも悪くないでしょ」

「ついてくる店員が俺はどーにもこーにも好かん。それさえ無ければいいんだが」

「それはわかる」


 女の服やコスメ、アクセサリ云々と買いまくり、上へ下へと行ったり来たり。たまーに男のセンスの琴線に触れるものがあれば、「快復祝い」とついでに買ったりと。男はヒモの気分だった。そして今、男は紛れもないヒモであろう。


「んで? お目当てのものは買えたのかい?」

「あと香水と、シャンプーと、ライトニングケーブルとかも買っておきたい。家にあるの、断線してるかもだから」

「なら……最初は上の階かぁ? 先行っててくれや。さすがにこの手荷物でうろついたら迷惑だろ」

「了解。上で待ってるわね」


 今でさえ人が避けて通る量の手荷物だ。エレベーターを使えば、まず間違いなく二人だけしか入れない。エスカレーターでも邪魔になるし、かといって階段も疲れる。女の車に置いてこようと、女は車の鍵を男のサルエルのポケットに滑り込ませる。


「……ポケットに手ぇ届かねぇよ」

「そ。がんばってね」


 怪訝な表情の男にぴらぴらと手を振って、女は人混みの中に消えてった。エスカレーターに颯爽に乗っていく姿を見送り、男は結局階段を上って立体駐車場を目指す。運動不足の男の体にはそこそこの肉体負荷だ。


 そんな折、通り過ぎたドラッグストアの前でおばさんの声が耳に届く。


「ちょっと、店員さんー? アレ、アレ! アレってどこにあんの?」


 ――アレってなんだよ、夫婦でもわかんねぇよ。


 当たり前の感想を抱きながら、男は一瞬ツッコみかけたものの、目もくれずに立駐に入る。袋のなかみは決して安いものではない。壊れたり倒さないよう、ちょっとだけ気遣って座席の下に置いて重ねる。


 軽くなった状態で足早に女を追ってエスカレーターに乗ると、思いがけず目的地より手前で合流できた。理由はというと先程のおばさん……実際顔を見ればそれほど老けてはいないのだが、件のやかましい女のせいだった。


「…………」

「うるさっ。つーかまーたやってら」


 男が小声で「うるさっ」と呟いたのが女にも聞こえたらしい。声の方に目を向けると、手を繋いだカップルが詰め寄り気味に男の店員に話しかけていた。……にしても、どうにも当たりの強い語調だ。

 店員もすぐには答えられない。若いし、胸元のネームプレートに「研修中」と書いてあるから、たぶん入ったばかりのバイトなのだろう。困ったように内線で誰かを呼んでいる。


「どこにあるかって聞いてんのよ、場所言えばいいんだから、報告なんてしなくていいっての……」


 謝罪しながら頭を下げて待っている店員に、苛立ち気味に舌打ちする女。


 そんな悪態が聴こえて苛立ったのは、まさかの男の方であった。


「あーいうの見ると萎えるよな」

「ちょっ――!」


 今度は明らかに聞こえるくらいの声量で男が言う。案の定聞こえてたらしく、じろりとこちらをカップルの女が見てきた。


「いこーぜ」

「……アンタねぇ」


 怒らせるだけ怒らせて、早々に退散する二人。鉢合わせないように迂回しながらショッピングモールのさらに上階へ行く。


「煽りおじさん」

「やかまし」


 ぶすくれた表情の女の言葉に男は別段反省する気は無いらしい。隠れるように入ったレストランで出された水を飲みながら、女は改めてさっきの行動について男をとがめる。


「……さっき、わざわざ口出しする必要は無かったんじゃなくて?」

「んーな、別にいいだろ。いざとなりゃ逃げればいいし。そもあーいうの見るのも嫌いだし、されるのも嫌いだから。つーかされたことあるからなお嫌い」


 男も男で「そこにまだ文句あるのか」と機嫌を損ねている。


「そりゃ店の制服着て、給料が発生する仕事としてやってる以上、責任をもって務めるのは当然だがね。その範疇を超える職務は任されるべきではないし、如何にお客とて超える範疇の要求をするのは当然おかしな話だ」

「そりゃそうでしょ」

「だから俺はそういう輩は嫌いだし、見るのも嫌だし、なりたくなんてあるはずない。ってだけ」


 鼻息荒めに言い切ってからフォークとナイフと箸が入った木の籠を置いた女の店員に笑顔で軽く会釈する男。それを見て女はなにやら腑に落ちたような気がした。


「アンタってどこの店でも妙に店員に優しいとは思ってたけど。理由ってもしかしてそれ?」

「うんそう」


 男の注文していたざるそばセットが運ばれてくる。


「あっ、ありがとうございますー」


 声のオクターブ高めに頭を下げる男。女はやや「えぇ……」みたいな顔をしている。


「……ざるそばって」

「レストランでざるそばセット出すセンスが気に入った」


 小皿に添えてある薬味を全てめんつゆにたたっ込み、上機嫌でずるずるとすすってる。


「客は神様、でも神は神でも疫病神(やくびょうがみ)、あるいは禍津神(まがつかみ)にゃあなりたくねぇわな」


 そう言って、勢いよくすすったそばが器官に入ったらしく盛大にむせていた。


「ぶぇっふ!」

「……汚い」


 しまらないが、これこそこの男らしいな――などと思いながら、女は注文してニ十分くらい待っても来ない自分のスパゲティを、こんな話題をした後にどのような調子で店員に聞こうか少し悩むのだった。


「人の振りを見たら、こっちも考えるものがあるからねぇ」

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