11.努々、夢を見ないようにしたいものだ
皆は夢は見ているだろうか。
ああ、夢とは将来のとかドリームとかそんなキラキラしたやつじゃない。
寝てる時に見る、幻覚の一種の方だ。
かく言う俺はよく夢を見る。
願望とかドリームの方も性懲りもなく見る。
現実味を帯びない辺り、なるほど確かに幻覚だ。
エアーズロックなんて眺めたことが無いのに、茶褐色の雄大な山を眺めながら上空一万メートルくらいを降下する夢。
びっくりすることに落ちている感覚も、冷たい風が肌に触れるのも、青天も、太陽も、衝突する一千メートル手前で目を覚ますまで本物のように感じ取れる。
鉈を持った血塗れのデカい男と冬の街でチェイスバトルを繰り広げる夢。
なぜか立てかけられている板でバリケード作ったり、パルクールっぽい動きで回避するけど、いつも何故か諦めて追い詰められるのはご愛敬。
久しぶりに会った異性の友人と良い雰囲気になる夢、黒スーツ姿で謎の建物の特殊警備員をしている最中テルミット爆発で壁をぶち破られる夢、実の兄に殺される夢……エトセトラ。
ありそうな夢、無さそうな夢をいくつも見てきた。
だからかはてさて、俺は夢ってやつが実は嫌いである。
そりゃあそうだ、誰だって殺されかけそうな、あるいは死にそうな夢なんて見るのが好きなわけがないだろう。目覚めたら汗びっしょりで、うるさいくらいに早鐘を打ってる心臓が痛く感じてしまう。あの感覚は夢で落下する感覚よりも嫌いだ。
夢占いでは死ぬ夢は良い兆候らしいが、俺に言わせりゃそんなのただの気休めみたいなもんだ。
良いことに転ずるか否か、そんなの実際生きてその先を見なきゃあわかりっこないんだから。
「つーわけで、お前は夢ってのをどう考える?」
「相変わらず突然だことで」
さて、唐突な質問をする男に女はにべもなく、紙コップのストローに口をつける。
二人が居るのはいつものカフェ……ではなく、大型ショッピングモールの屋上だ。傍らには両手では明らかに余るだろう紙袋の山がある。「とある事情」のお返しに女の買い物に付き合った結果だ。
その話はいずれするとして、フードコートで買ったタピオカ抹茶ラテを飲みながら、男はため息をついてる。
「嫌いなんだよホント。実の兄に殺される夢とか見た日にゃ、マジで兄貴を一週間くらい避けたし、なんだったら家を出るまで兄貴を暗に警戒してたからな」
「なんでよ。するわけないじゃないの。夢でしょただの」
「ところがどっこい、夢で済めばいいんだよ。実は俺にはある特殊能力があってな。それは夢で起きた出来事が現実になる能力だ」
「……頭が痛くなりそう」
「ま、それこそ全て現実になるわけじゃないから困るんだがな」
男はため息をついて再びすする。タピオカが勢いよくストローを通ったせいで、喉にダメージを受けてむせてる。
「私は別にそこまで嫌いじゃないわよ。そもそもそこまで夢を見ないから」
「……羨ましいねぇ。安心して深い眠りにつけてる証拠だ」
「日々の不安如きで眠りの妨げが出ない程度には頑張ってるのでね」
「けぇっ、そうかい」
女の自信に満ちた台詞に男はつい舌打ちしかける。
女の職業はよく知らない。読モをやってるとか、接客業をやってたとか、大学行ってたとかくらいしか知らない。だから今、買い物をしていた時に出てきた軽く二桁に届いた現金とか見て驚いたし、そも毎日カフェでワンコイン以上払える程度に困窮してないのがびっくりする。
こちとら六畳間で電気代と通信費、忘れてはならない酒と珈琲とつまみにえげつない金額が飛んでるせいで働きづめなのだ。眠気と戦い仕事を取ってくるのだ。羨ましいこった。
「で? 現実になることで嬉しくないことでも? まさかホントにそんな話するだけだったの?」
「……そうだよ」
「着地点無いわねぇ」
「……強いて言やあ、夢が現実になる時期がまるで読めないことくらいだよ」
「周期とかはないの?」
「無い。しかもなんだったら忘れてる。その状況になった時、あの時の夢じゃね? って思い出すくらい」
「意味ないじゃない。それは悪い夢を怖れるワケね。兆候が分からないようじゃ、現実になっても対応できないわけだし」
女はケラケラと笑いながらキャラメルラテをすする。気を利かせてくれたのか、普段より反応は良かった。
男はと言うと……「本当にそれだけ」である。会話を繋ぎ悩むから、自分語りを交えて相手のことを問うことがだいたいであった。
なにせ男は話の振り方がいまいちわかっていない。同性の友人に話しかける時は適当な話題を振れるものの、どうにも女性が退屈せず喜ぶ会話ってのがわからなかった。
今までそんなことを考えたことは無かったのだが……?
「眠りが浅いんなら、おすすめのアロマでも貸してあげようかしら?」
「んー……安心、とかそういうのとはまた違う気ぃしてな」
「まったくめんどくさい男ねぇ」
最近変な悩みを抱えているせいで、眠りも浅いのだ。
誰のせいかと言えないんだから、まあ辛いものだ。
何度目かと知らぬ軽い溜息をついて、男は抹茶ラテを飲み干した。
なにせ、この状況を腰を痛めていた時に見たのだから。
「……もっと話せてたと思ったんだけどなぁ」
立ち上がって紙コップを捨ててたから、その声が聞こえることは無かったのが救いだ。