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【 い た ず ら 妖 精 さ ん の お う ち ② 】

 床を見詰めて非常に重くて気まずい空気が流れた。

 カーペットの柄までかわいい!

 こんなの、どこで売ってるの?


 あの本棚、ピンク色のかわいい背表紙の漫画の端。

 うちのブドリがいる!


 あれ、あげちゃったんだっけ?

 どっちでもいっかー。



「青木さんは可愛いでできてる」

「そんなことないよー? 細胞」

「あ!そうだ、触ってみたら?」



 良子さんを見る。

 触るって……なにを触る?



「おっぱい、好きでしょ?」

「違ッ!なにをふしだらな」


「触ってみたら人間だって」

「バカ言え一緒にするな!」



「いいよ?」



 青木さんを見る。

 いいよ……なにがいいの?



「いっつも良子の触るでしょ?どんなかなって。全然胸無いからスポーツブラしか買ってもらえないけど伸びるからサイズわからないの。 ……わかるよね?」


「いや。青木さん無くていい!そこが、いいんだ」

「それはみんなそうなの?自分の理想像でしょ?」


「それは……そうですけど。でも!」

「良子がいいんだ?」


「いいえ!決してそのようなことは」



 こっ、こんなガンガン話しかけてくる青木さん?

 チンタラ話してるのに付け入る隙がまるでない。

 でもオレまさに今、妖精さんと会話ができてる!


 どうした良子さん立ち上がって。



「いいえって言った!」

「いいえ……言った?」


「わたしのじゃ……駄目なんだ?」

「それは意味が違うって良子さん」


「ほら、良子怒ってるよ?」

「良子さん、怒ってるの?」



 すごい睨まれたッ?


 たっ……確かにィ。


 いつもこんなかんじだったような?

 なんで怒ったの?



「説得できそー?」

「これは無理そう」


「良子に説明したらーどう違ったか」

「そっ、そうだな……やってみるか」


「くらべてみて?」



 右手を掴まれてクイッとワンピースに差し込まれた。



「どう?」

「 ち ょ ! …… こ れ ?! 」



 青木さんはコクリコクリと2度頷いた。



「よっ……寄せたらB、かな」



 なんだ?

 凄く真剣にこっち見てる。


 耳元に近づいてきて、物凄い微かな声で囁いた。



「やってみてー」

「寄せる……オレが生乳(これ)を?」



 青木さんは1度だけ小さく頷いた。

 近すぎ、茶色い髪がくすぐったい。

 手に温度が伝わっている。


 自分の血流か、手の震えか、青木さんの鼓動なのか、それらが混ざってしまったのか、手のひらの感覚神経だけが拡張されて刺激されている。


 指示通りに動かそうとしたが。

 固まったように動かなかった。



「青木さん?これね、オレ無理な奴」

「どうして?」


「大きさだけで、これオレできない」

「そうなの?」



「も。動かせっ……そうに。 ……ない」



「 長 い ッ ! で …… ど っ ち ? 」

「 「 え っ !! 」 」



 ビクンと動いてスルリと抜けた。



「 ど っ ち な の ?! 」

「ちょっと待って?落ち着いて!」


「 ど っ ち ?! 」

「良子さんが提案したんじゃなかった?」

「そうだよ~最初は良子が言い出したの」



 ええっ?


 なんで。



 泣いた?



「トイレ行ってくる!」

「あぁうん、トイレ?」

「あ~ぁあ」



 ドタドタと足音がして、バタンと扉の閉じる音がした。


 虚脱して半分開いたままの扉を茫然と眺めていたら、青木さんが「っふ?」と、変な声で笑ってから「いじわるしすぎた」と小声で耳打ちした。



 驚いて青木さんを見る。

 一重瞼をズルそうに細めて、小さな唇は笑いを堪えるのに必死。

 やっと理解した、オレを使って良子さんをからかっていたのだ。


 思わず「やりすぎ」と小声で叱ったものの、それこそ妖精のような狡賢い笑みを浮かべる青木さんは魅力的すぎて、我ながら迫力は微塵もなかった。



「オレはね、そういう悪戯は好きじゃない。いくら青木さんでも」

「でも良子と高橋君ぐらいだもんねー?」


「良子さんタカさんぐらい。 ……なに?」

「怒るのは2人だけ、良子と高橋君だけー」


「タカさんとは話しなんてしてないだろ?」


「 目 ! 」

「 め ? 」



 チンプンカンプン妖精さん。

 なんのこと?



「何年だってジロジロ?一度も見てないよ」


「いや、そんなことはないけど」

「今もわざとピントずらしてる」



 視界の中に唐突にスッと影が入ってきた。

 驚いて少し後退る……目の前に指が1本。


 気付いてた?



「でしょー? すこぉし手前」

「これ、わかるもんなのか?」

「隣いること多いからかもー」


「どう違うの?」

「1回まばたき」



 恐ろしい観察眼、初めて指摘された。

 自分でも気付かなかった、まばたき?


 女の子は不思議な能力者が多すぎる。



「ぇ!それなにやってたの?」


「あ! 勇気君いたんだった」

「だな、ユーキ、お前いたな」



「どうして …… 服 に 手 ? 」



「あぁ。あれか?20ぐらいある乳腺に遺伝子異常が起きる乳ガンは年々増加傾向なんだ。若い子は滅多にならない、素人判断は危険だけど楽観視が一番良くない。左はできやすい、しこりが2cm以下なら温存する方法だって随分増えた。でもな?早期発見が一番重要な病気だ……ここまでわかるか?」


「あ、え?聞いたことぐらい……当然知ってた」


「だろうな!第二次性徴期は大きさも随分変わる、いつだって怖い思いをしてる。だからな? 触 診 …… ぐらいユーキは知ってて当然か、これは釈迦に説法?」


「なんだ、 触 診 …… いきなり?ビビッた!」

「だよなぁ、驚いた?いきなりでごめんな!」



 乏しい知識と符合する単語を、早期発見。

 ユーキ君はとても安心して大きく頷いた。


 狡賢く一重瞼を細めて、小さな唇で必死に笑いを押し戻し、少しだけ茶色っぽい髪を小刻みに揺らしながら、青木さんは妖精のように蠱惑的な笑みを浮かべる。



 ふぅ ―――― と安堵の溜息を洩らす。

 まばたきを1度してから、目交ぜした。



「はじめまして?」と微笑んでから「やっと会えたね、私とおんなじ茶色い瞳」と小声で耳元に囁いた青木さんは、まるで妖精のように綺麗で観察力に優れている、ちょっぴり人が悪い、普通の女の子だった。

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