【 い た ず ら 妖 精 さ ん の お う ち ① 】
ニヤニヤ笑いの母親に電話の受話器を手渡され、聞こえた「もしもし」は小さな女の子の声だ。誰だろうと首を傾げて「はい?」と答えると「青木です」と聞こえたので、思わず「 青 木 さ ぁ ん 」と声が上擦った。
やるな電電公社……エルフリン族の隠れ家に通信網を敷設するとは!
「私の家で学級新聞をすることになって」
「ユーキん家、駄目になった?」
「近くで工事中で、うるさいらしくって」
そんな事情は心底どうでもいい。
なんて使えないやつだ、ユーキ。
「ごめん、オレん家マズイんだ。なら週末土曜にしよう」
「え?でも……カズ君が」
「練習試合あるんだろ?だからだよ。奴は不参加にして切り捨てる。オレだけなら姉と妹がいるからさ、そんなに部屋をどうこうする必要ないんだけど、余計な手間をかけさせちゃうな。ユーキ、弟しかいないんだよ、申し訳ない」
「それで勇気君の家に? それはいいの」
「場所がわからない、待ち合わせする?近くになんかある?」
「あ! これね? その連絡」
「あぁ! ……オレばっかり喋ってたわ」
軽くやりとりしながら、メモを取った。
今日一度外出するしかない、明後日か。
机に積んだ本を思い出して不安になる。
こ れ …… 間 に 合 う の か ?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
オレの心に棲む妖精さん、青木さんのお部屋か。
どんなとこだろ……妖精の住処なんて初めてだ。
ちょっとドキドキしながら待ち合わせ場所に行くと、普段着のユーキがゲームをしてる背中が見えた。
ま ぁ …… こ い つ 本 当 ど う で も い い 。
このまま放置で次のイベントに移動しようかな?
ちょっと嫌な気分になったので「さて」と呟いて周囲を見回すと、クリーム色に黄色い差し色の入ったワンピースを着て、ちょっとだけお洒落に髪をアレンジした普段着の青木さんが、ピクンと小動物のような動きでこちらを発見して、小さく手を振っているのが見えた。
イ メ ー ジ ど お り ~ ぁ ヨ ダ レ 出 た ?
「ちょっと!」
チィッ、良子さん登場か。
「なんだ邪悪な声で呼び止めて。今すごく忙しいんだ」
「自分の邪悪さ棚に上げて。そのまんま不審者だよ?」
「見てみろ、妖精さんがいるだろ?」
「 掴 ま え た ら 捕 ま る よ ! 」
「あっ椅子に躓いた!椅子にペコペコ謝ってる?!照れてる、いじらしすぎるぞ、どうなってるんだ青木さんはカワイイ動きしかできないってのか?ホラ良子さんも一緒に観察しよう、ずっと見てたい、何時間でも」
「ほら!店員ずっと見てるから!」
「 な ん だ っ て …… 店員のくせに青木さんを視姦? 」
「ちょっと待って、どこ行くの!」
「許せない、店員の目潰してくる」
「そんなアンタを見てるのよ!!」
ああ、かったるい。
なにやら突き回している左側を見ると、想像通りだ。
想像どおり、良子さん?
想像どおりすぎないか?
「どうしたの、その恰好」
「普段どおり、でしょ?」
「良子ね?なにを着るかすっご~く悩んじゃったから!」
「ちょっと!」
「そういう時は、見せたい相手が一番好きな服にキャ!」
「 し ー ぃ ち ゃ ぁ ん ? 」
「その末路がコレ? 良子さん、夏休みに制服ないよ?」
しーちゃん。
青木さんは詩枝という名を「演歌歌手みたい」と嫌う。
どっちも音読みが「し」、だから「しーちゃん」かな?
学校では使わない、女の子の秘密の暗号……いいなぁ。
それはともかく。
完全に失敗した人の顔をしてる。
なにやってんだ良子さんったら。
「似合っててオレは好きだけど……変態向けアピール?」
「じゃ文句ないでしょ?変態紳士しか来ないんだから!」
「変態でも変態紳士でもないよ?おっぱい星人。でも私服姿青木さんで心の渇きは潤ったから我慢する。良子さんのはね、次にとっておく」
「似合ってる、って。よかったねー?」
「悪かったわね!」
「オレ、おいしいもの最後までとっておくタイプだし」
「そうなんだってー!」
「悪い気……しないわ」
「 先 に 行 く ぞ ぉ ユ ー キ ! 」
「待って、僕、場所 知らないから!」
なんでゲーム始めたんだユーキ。
ダウジングでもして探してこい。
いっそ、そこでそうしててくれ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
これは、どうしたことだ……目に映るすべてが全部パステル調?
薄暗いじめじめした洞窟でも感激したのに、可愛らしいお部屋!
これが妖精さんのおうち?!
ファンタジックすぎるだろ!
ア ァ ~ ン ア フ ゥ ン ♡
かわいい……妖精さん最高だ!
なにしろ香りまで凄くいい!
ア ン ア ン ア ァ ~ ン ♡
手ぶら同然で来てしまった?
お招きにあずかり光栄です!
ア ン ア イ ヤ ァ ~ ン ♡
「 で も こ の B G M 、 な に ッ ?! 」
ガララララッ
「 昼 間 っ か ら 盛 っ て ん じ ゃ ね ぇ ―――― ! 」
ピ シャン!
「ごめんねー? ……裏ラブホで時々こうなの」
「あ、うん。そうなんだ?」
「ごめんねー?どうせ男がすぐ果てるから……」
「果てる……持続力かな?」
ラブホ、果てる……オレの妖精さんが?
青木さんの口からは聞きたくなかった!
ユーキは衝撃が人生崩壊レベルだった?
カズとユーキ、青木さんに惚れてるし。
1時間~一生使いモンにならないかも。
「いや、気にしないで?やっぱりエルフリン族は滅んじゃったのかなって、それを再認識してね、ちょっとだけショックでさ、それだけ。もしも、もしもだけどね?その時が来てクリスタルを求めて旅立つなら、電話でいいから御連絡ください」
「うんわかった。そこ座っててねー?」
「このベッドに座る?とんでもない!」
「じゃー 寝てて?」
「はい、失礼します」
「 「 おいおいおい! 」 」
「ね どーぉ?」
「良いかおり……なんでしたら青木さんもご一緒に ブ ゲ ェ !」
「出てきなさい」
「嫌だ!どうして良子さんはそんな残酷なこと言うの?青木さんの香りに柔らかく包まれて安らかに眠りたいんだ、や、やめろ良子さん!オレだってな、怒るときは本気で怒ることもあるんだぞ、返せ、その掛け布団を定位置に返却しろ、枕、枕、枕さん待って!!」
「 出 て 来 て ッ !! 」
「嫌だ」
「床にでも座ってなさいよ」
「嫌だ」
「ほら枕!これでいいの?」
「はい」
「かなり頑張って食い下がったわね」
「良子さんに指図される謂れはない」
良子さんは溜息をついた。
「見なさいよ、現実を」
「辛いことばっかりだ」
「ナントカ不倫は知らないけどラブホの隣に妖精住まないでしょ」
「エルフリンは妖精族、不倫のハッテン場みたいに言うな。オレのファンタジーを汚す権利が良子さんにあるとは思えないし、お部屋がほんわかパステルカラーとも思えない」
「はいはい、悪かったわね!」
「私も普通の女の子だよー?」
ポッキー1本を両手で持ち、女の子座りの青木さんは、ぬいぐるみを手にしたら小さな鈴が縫い付けられていたと初めて気付いた、そんな微かな声で囁いた。
パクリと食べた。
あのポッキーが羨ましい。
「見ろ!懇願するような姿勢、いたいけな瞳、か細い声!これ人類に見えるのか?オレ何年だってジロジロ見れるぞ?良子さん目ぇ腐ってんじゃないか?!」
「目ぇ見て話せるようになってから言いなさいよ!」
「 それは。 ……それを今、言う?良子さんのは比較的見てるだろ」
「 ご っ ! …… ご め ん 」
ポキッ!
「何年もは、やめて?」
「はい……すみません」
「もー。いっつも喧嘩」