【 密 談・天 本 博 士 と 正 義 の 味 方 】
模造紙をクルクル丸めて何の気なしに振ると、「フォン!」とSFちっくな音がしたので、映画を思い出して「真実のほとんどは見方で変化する」と呟いた。
『先生の言うことは正しい』と盲目的に信じてきたユーキが、腰が抜けたように机に腰かけたままキョトンとして、「え?」と聞き返してきたので、「カッコイイだろ?」と尋ねると、コクリと頷いた。
良子さんの丸めた背中が震える。
ずっと、声を殺して泣いている。
「ユーキ、もう帰ろう」
「あ、うん。そうする」
「任せていいかな青木さん、もう帰宅部するから」
鞄を2つ持ってガラガラ開いて視線を落とした。
戻ってから聞き耳を立てていた不良と目が合う。
廊下を誰も通らないんだから、丸わかりだけど。
カズは部活に参加したのか。
「落ち着いた?帰るよタカさん、部活できないだろ」
「 手 前 ェ な ん で 止 め た ! 」
胸倉を掴んで、鼻先が当たるほどの距離で吠えた。
狂暴な瞳を静かに見返していると、「ったくよォ」と、不満顔で手を離した。
「ぁっ痛たたたたっ。悪かったって、勘弁してよぉ」
「下手糞な演技しやがって」
「高橋君と仲良かったの?」
「オレと不良のタカさんが? ……友達に見える?」
「そう」
青木さんは、それ以上追及しなかった。
模造紙がお気に召したのか、タカさんが上機嫌で振っている。
タカさんの不良カバン持ってトコトコ後ろを歩く。
中身は鉄板しか入ってない。
かわのたて、みたいなモン?
敷地の外、しばらくは無言。
タカさんが路地へ曲がり、振り返った。
「ここらでいいだろ」
「黒い噂、あれは真実だったんだねぇ」
「ああ。キレた先輩が鉄パイプでなァ」
「女一人守れなくて逆上してソレぇ?」
「鑑別所に引っ張られたそうだ」
半端な奴のすることは、所詮半端だ。
オレがその先輩の立場なら。
……あんまり考えたくない。
タカさんはギロリと睨み、バスンと鞄を殴ってきた。
かなり衝撃はあるのに、痛みはない。
なかなか高性能だなぁ、かわのたて。
「俺から疑い逸らすために仕込んだな」
「ただのイタズラだよぉ?」
爆発実験で安全性を確保して攻めるのが科学部の伝統。
遠隔起爆に必要な物質の製造は、先輩方の悲願だった。
担任は花火をほぐしたチャチなものだと思ってたなぁ。
理科の先生と自己紹介していたのはオレの記憶違いか?
「あの後は、どうなったんだよ」
「理科室の鍵を返却、無罪放免」
タカさんが「返したのかぁ」と、気の毒そうに呟いた。
そりゃそうだろう、廃部にされた科学部をいまだにやってる馬鹿、それがオレ。誰の目にも奇異な人物と映っている自覚はある。そんなことにゃ慣れっこだ。
でも。
科学部を廃部にした、浮いた予算で別の教師が作ったのが郷土史研究会。その成果を夏休みに壁新聞にしてコンテストで発表する段取りだったというユーキの話が本当なら、オレ達は、一体……なにを作らされる。
郷土史研究会が完成できなかったら提出する、保険か?
誘導されているような、薄気味悪さは感じる。
……まぁいい。
科学部を辞める気なんて毛ほども無い。
自分の鞄からジャラリと鍵束を出した。
「ブラフだよぉ?」
「おッ!お前なァ」
声だけ怒って顔は安心。
タカさんは優しすぎる。
オレの裏の顔は「天本博士」、改造制服や武器防具の職人として暗躍し先輩方に一目置かれる存在だ……筋が通っていれば仕事を請ける、金は取らない。
もっともこれは「死神博士」……科学部の先輩からの引き継ぎ、先輩は職員室で正体を明かして合鍵を返却した。驚くオレに「あれはブラフだ」と合鍵の束を渡し後継者に指名して卒業した。
基本的には学校外で、中学生ではどうにもならない類の問題を非合法に解決する手助けをする、だから滅多に依頼は来ない。
先代の手伝いはしていたがオレの代になり依頼は無かった。
今回の依頼は特殊案件。
体育用具室で起きた、攻撃対象は体育教師と聞いて驚いた。
「アレ使って、なにする気だったんだ」
「ナイショだよぉ?」
「うッせ! 言えよ」
川に差し掛かって河川敷を指差した。
彼の自宅と反対、オレん家の方向だ。
聞くまで帰らない、か。
仕方がないのかもなぁ。
そちらへ方向転換、護岸に腰掛けた。
「タカさんって変身ヒーロー見てた?」
「 ん あ゛…… ガキん頃は見たけどな」
「ずど~ん!ってなったぁ」
「ああ。なってた……けど」
「正義の味方って格好良かったよなぁ」
「さっきからよ、ナニ言ってんだァ?」
背後を通っていた同じ制服の奴が2人。
角を曲がって姿を消した。
川の流れる音だけがサラサラ聞こえる。
タカさんと目交ぜすると小さく頷いた。
1段低い声で、早口で……淡々と話す。
「ワルぶって、クラスの子が危険になったら変身か?お前まで鑑別所に行く気か。なんのために教壇に大人しく座ってると思ってんだ。自分殺して上手く立ち回れ、他の選択肢なんて許さないからな?」
「やっぱ疑い逸らすために仕込んだのか」
「そうだ」
「なにをする気だった」
「知らないほうがいい」
「いいから聞かせろよ」
「必ず後悔するのにか」
「聞いて後悔してやる」
嘆息――。
「自家用車で学校に来る奴がいる、キーをひねる、点火コイルで圧縮された電気がプラグコードを流れる、その先がプラグじゃなく、もし雷汞に繋いであったら……想像してみろ。エンジンルームでなにが起きた?」
「ライコウ?」
「雷酸第二水銀、起爆薬だよ。威力は体験済だろ?エンジンはかなり動くものだ、燃料ホースは細いゴムホースだからスッポ抜けていることだってある……かもしれないな?ボンネットは容易に開けられるが人目につく作業、2度目はないだろう。だが、恐怖を刻まれた後、毎日2度、エンジンキーをひねることができるか?」
「おい、それ!」
「性犯罪者の再犯率知ってるか?一人の生命は地球より重い、意味はどうでもオレの好きな言葉だ。ではなぜ青い?女の涙と同じ色、踏み躙る奴は畜生だ。飼い主の見付からない犬が保健所で辿る末路は?これは余談だが……犬嫌いで猫派」
鞄からゴソゴソ小瓶を取り出しポイと川に放り込む。
チャポ!という音だけを残して完全犯罪は成立した。
「軽率な行動は控えろよ。オレは正義の味方のためなら車一台爆破する。そこに女の敵がいたとしても、それは変わらない」
「脅してんのか」
「今オレは威嚇したか?」
「だから、したろぉが!」
「脅しや威嚇とは違うだろ?これは、予告だ。オレは当たり前のことを実行する。他の奴等が時間通りに登校し、勉強し、下校していくように。一切の疑問も持たず……」
タカさんは「そうだったな」と独り言のように呟いた。
「もしものハナシ~だよ?」
「相談した相手が悪かった」
「そう?後悔しちゃった?」
タカさんはフンと鼻を鳴らして、憂鬱そうな顔をした。
「どうすんだよ今日のアレ」
「生贄の山羊にゃ 簡単なの」
「 な に …… そ れ 格 好 良 す ぎ だ ろ !! 」
「っへ?」
「で、なんで羊が逃げるんだ?」
待てよ、ちょっと待ってくれ。
タカさんの志望校って、確か。
全ッ然、点数足りてねぇぞ?!
「タカさん!もうちょ~っとだけ勉強、頑張ろっか?」