【 ス ケ ー プ ゴ ー ト の 祭 壇 ② 】
ファンシーグッズみたいに淡い黄色の模造紙を、ため息まじりで立てかけながら椅子に腰かけると、ようやく良子さんがきつく握っていた手を離して、学生服の袖は解放された。
1つ頷いて「受験対策の特別授業だ」と宣言すると、3人の頭上にぷかり「?」マークが浮かんでいるのが見えた気がした。
「ユーキ、廊下に人いるか?」
慌ててガラガラ開いて左右確認。
ピシャリと閉じて、首を振った。
「受験の仕組みが変わって、学校生活を書き込む欄をより重視することになった」
「……学校生活?」
「真面目で良い子って意味じゃないぞ。これは想像だけど、熱心に3年間部活動に取り組んでレギュラーとして活躍したとか、生徒会の役員になったとか、そういう文章にしやすい実績が、合否判定に影響を与えるだろう。耳ざわりは良いけどな?内申点と受験の合計だけじゃ合否が不安定になったんだよ」
「部活?」
「重視? ……曖昧すぎる、どの程度なのか」
「僕、ずっと帰宅部だけど」
「さぞや先生方も困惑しておられるだろうな」
「なんでそんな。先生も説明してないことを」
「それがオレん家の稼業だから?」
知ってる顔、しかも全員とは。
公然の事実か、オレはよく知らないのになぁ。
それならそれで、話は早いか。
「オヤジの部屋に文部省の資料積んであるからだよ」
三人三様に頷いた。
それはそうか、学校教師や塾講師の言う根性論じゃない。
文部省や教職員組合の資料がソース、信頼性が桁違いだ。
「前回言った範囲でメンバーから漏れてる奴もいる、村ッチとかサキさんとかな。帰宅部でセールスポイントが無い成績上位者、それがこの学級新聞のメンツだよ。違和感はあったのに放置してた、これはオレのミスなんだろうなぁ」
良子さんは矛盾点にハッとして目を丸くした。
「カズさんは野球部でしょ」
「顧問は担任だろ?オレの動向探らされてるんだよ」
「スパイさせられてんの?」
「今もう一人、放課後は別の監視役がついてるよ?」
「そいつも?」
「悪い奴じゃないんだ。友達いなくて可哀想~って」
「 「 「 可哀想……? 」 」 」
「そう先生に聞いたから知人を介して接近してきたんだって本人が言ってたんだ。無自覚なんだよ。あれ?だから……お人好しだけど頭は良くないのか」
「 「 「 バ レ ち ゃ っ て る ~ ?! 」 」 」
都合良く使われてるんだろ。
本人には平等に接している。
じゃないと 可 哀 想 ~ 。
「それが、どうして宿題に?」
「コンクール受賞、部活で優勝と同等の実績だろ」
「内申書に華を添えるため?」
「受賞って、できるかどうか、わかんないだろ!」
教壇の上にある自分の席で、足を組んだまま頬杖をつき。
なんだか怒ったユーキをぼんやり眺める。
そりゃそうだ、コンクールなんだからな?
受賞するかどうか事前にわかるわけない。
通 常 な ら 。
「できる奴がいるんだ、企画を練り構成を纏め原稿やイラストを書いてレイアウトして仕上げられる中学校二年生、そこらの印刷屋より腕の立つ奴が。ガキの頃からオヤジに仕込まれ、ガキの遊びに興味を示さない……オレは嵌められたんだよ」
「あ。これ、壁新聞コンテスト?」
「ユーキ……心当たりがあるのか」
「今年から郷土史研究会できたでしょ。壁新聞コンテストで発表するって言ってたのに集まり悪くて進んでないって――みんな、どうしたの?」
「郷土史研究会?!」
「それってー」
「科学部を潰した金で立ち上げたやつだ」
郷土史研究会、それが寝ている隙に説明した理由。
見事に嵌められていた、オレはバカだ。
「でもさ、なら頑張ったら受験に有利、そうだろ?」
「違うのー」
「ああ。オレはお前らと違う、成績上位者じゃない」
「 こ ん な に 搾 り 取 っ て …… ま だ ッ !! 」
優しいな、良子さんは。
優しくって悲しすぎる。
二度とこの子を泣かせたくなくなるほど。
諦めていたかったのに。
「ごめんな?みんなで1日だけ夏休みに手伝ってくれよ」
「あのぉ……どういう意味?」
「ユーキ、巻き込んで悪いな」
察しの悪いユーキに、青木さんが眉をひそめた。
良子さんの背中をさすりながらオレを指差した。
「成績悪い奴の内申点を、底上げするのに使われてるの」
「えっ? どういう意味?」
「5段階評価なんて嘘っぱち。上から順に何人は5、次は何人ってきまってるから志望校に合わせて適当に割り振ってるだけなの。それじゃ不合格者がでてしまう、だから成績を底上げして得意教科を捏造するのよ。 ……このクラスの何人かは、知らず知らずのうちに享受してる」
「通信簿の数字を入れ替える、誰と誰を?」
無言で渡した通信簿を「なか見ていいの?」と恐る恐る開いていくユーキが、「なんで?」と言ったきり絶句した。5段階評価の3ばかり並ぶ奇妙な状態、常に満点しかとらない理科は目立ちすぎるからだろう、そこだけ4になっている。
「だって、テスト結果は……」
「勇気くんより、上かもねー」
「頻繁に校内放送で呼び出されてる、そんなのオレだけだろ。実はアレ、テストの点数が良すぎたと苦情を言われるんだ」
青木さんが、オレの机をバシンと叩いた。
「コレ見てわかんなーい?」
「な、え? え?」
「スケープゴートなのよ!」
生 贄 の 山 羊
言い得て妙、なんてオレに相応しい名だ。
さすが、ファンタジー世界の住人は違う!
青木さんの語学力はオレ的には百点満点。
「いい響きだ。スケープゴート。生け贄か」
「それ以上……やめて」
「教壇の上で聞く祈祷師のオマジナイ、見下ろせば理解できずに困惑する低能共。眺めは最高、気に入ってる。この席ってさ、生贄の祭壇みたいだろ?」
「 や め て よ ! 」
「オレ5年も教壇に祀られてるのか、そう思うと愉快だなぁ!」
「どうしてそんなこと言うの? ……ど う し て ?! 」
「良子……わかるでしょ」
興味のないフリをするのも。
感情を殺して抑えることも。
限界、とっくに臨界だった。
どれだけ成績を切り分けても、数人の底上げが精々だ。
このままじゃ、ただ無意味で憐れな犠牲者でしかない。
オレは脆い、今この瞬間も壊れてしまいそうだ。
心臓のあたりがギリギリ痛む。
この祭壇に座る理由が欲しい。
祭壇に据えられた意味があるとしたら、それはなんだ?
机の上に模造紙を広げて左目を閉じる。得意な科目のページから、写真や文章を抜き出して拡大し様々に組み替えて埋めていく、自分で想像していたより明確な像が視える……何色とも違う、極々薄く透明な、膜のようなものだ。
これをなぞる、それなら簡単。
致命的なのは、壁新聞の題材にならないことか。それなら科学部の予算で作った郷土史研究会には発表できない内容にして、乗っ取るのはどうだ?名前を混ぜ込むだけでできる、意趣返しにも打って付けだ。
この忌々しい能力を、自分の意思で使うとき。
それは、良子さんの希望に応えるときだけだ。
オレには容易に可能。
御希望どおり学校生活の実績を捏造してやる。