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【  ス ケ ー プ ゴ ー ト の 祭 壇  ① 】

 2年1学期も終了、明日から夏休みという解放感からだろう。

 通信簿の結果に一喜一憂、無知はこれほど人間を愚かにする。

 それがなんであるのかを、こいつらは知らされていない――。


 どこかコロイド様の秩序を保っていた級友が、散漫な斑模様になっていく様子を教壇の上に据えられた自分の席からぼんやり観察していた。


 それが徐々にまばらになり、消えた。


 一拍おいて「よいしょ」と立ち上がった良子さんが、こちらへ歩いてくる気配。

 続いて、青木さんが小鳥のようにトトトッと近付いてくる影。

 青木さんは小柄だが両親が「まだまだ大きくなる」と大きめの制服を用意した、少しブカブカ、それが似合ってる、可愛い。


 カズさんはグランドを見下ろしている、これはどうでもいい。

 残ったのは夏休みの宿題が1つ多い学級新聞の制作メンバー。

 今日の今日まで詳細はわからず仕舞いだった。



「なに読んでるの?」


「ブドリだ」

「ブドリ?」


「グスコーブドリの伝記 ――



 顔を上げると良子さんが目の前に立っていた。

 青木さんが興味深そうに本を覗き込んでいる。


 一番良いところなのに。

 フッと鼻から息が漏れ、再び、目を落とした。



()()()()()()()()()()()



 初めて耳にする良子さんの甘ったるい囁き声。

 恍惚として聴き入ってしまい、反応が遅れた。

 視線を版面から離して上げ、口許(くちもと)が視界に入ると心臓が早鐘を打った。



「不遇にあっても努力した人だから」

「あ、宮沢賢治?」


「他の誰がグスコーブドリの伝記を書いたのよ」

「えー 読んだことない」


「あ、そう?じゃこれ青木さんにさしあげます」

「なんで丁寧語?」

「ほんと?ありがとー!」



 慌てて左目を手で覆う。

 うそだろ? ……なんにも浮かんでこない。

 シャッターチャンスを逃してしまった……。



「なにやってんのよ」

「良子さん、もう一回だけ言って?」


「なにやってんのよ」

「その少しだけ前!」


「あ、なんで丁寧語」

「そこじゃなく! ……て、さぁ?」



 そこに体格が良く名前も勇気と勇ましいユーキ君が登場した。

 一直線にこちらへ向かって来る、その手荷物に、首を傾げた。



「どーしたユーキ、模造紙なんて」

「あ~。学級新聞の用紙だってさ」


「 学 級 新 聞 …… ? 」



 思わずガタリと立ち上がりカズを睨む、口をポカンと開けている?

 良子さんと青木さんを見やると慌てて首を2度振った、知らない?



    [ ()められた …… クソ担任がッ!! ]



 グッと握った拳を見て「ダメッ!」と鋭い声が飛んだ。

 良子さんか、危なかった、落ち着け、落ち着けよオレ!



「ごめん!ボク……なんかした?」

「いや、してない。なんでもない」



 一瞬で血液が沸騰したがユーキは悪くない、当然だ。


 ドカリと椅子に座ってから大きく息を吸い込み、目を閉じて深呼吸を繰り返す、脳が焼け付くように熱い。ようやく落ち着いた頃合いで両目を瞑ったまま説明を始めたつもりが、出てきた声は怒りでひどく震えていた。



「一般的に学級新聞はB4かA3用紙、複数枚作る場合もあるけど1枚でもいい。中学生がコンクールに出すなら最低限の完成度を求められる。それでもこのメンツなら短期で仕上げられると考えてたんだ。でも、どうだ。ユーキが持ってきたのは模造紙、これは最悪だ」


「模造紙、マズイ?」


「紙質はどうでもいいけど四六判はマズイ、ブランケット判で作る新聞見開きよりデカいんだ。それは通称、()()()ってやつだ。わざとミスリードを誘ったのか……だからオレが寝ている隙に?糞ッ!畜生やりやがった……」



 ん……物音?


 顔を上げる。


 人影、聞かれてた?


 咄嗟に少し前に視た一瞬を探す、あった!

 茶髪、大柄……この背格好、高橋かッ?!



「カズ!タカさん止めろ!職員室行け!!」


「ぇ……え?」

「 行 け ッ ! 」



 掴まえるだろう、カズは足が早い。


 どこまで話した、用紙サイズまで。

 迂闊だった、カズはどう受け取る?



「 こ こ か ら 他 言 無 用 」


「なんで……?」


「ユーキじゃ3日と持たないぞ、オレと同じ目に合いたいのか?模造紙をよこせ、それと夏休みに部屋を借りたい、頼めるか?」


「いいけど。そんな一大事?」


「部活に宿題、やることあるだろ?完成まで何日もかかっちまう()()()()なんだ、模造紙何枚用意してた?これ、他のクラスは作らないんじゃないか?」


「あと1枚だけ」



 なんてぇツラだ名前ばっかりユーキ君。

 ポーカーフェイスでいられないのかね。



「僕達、押し付けられた?」

「ユーキが?それはないよ」



 この広大な模造紙を埋めるだけの内容を調べ上げて編集、下描きまで一人で作業して、この場の3人に仕上げてもらおうと思えば、最初の一週間はかかりきりになるだろう。

 参考になりそうな絵は……いくつか、覚えがある。

 細部は視えない、中学生の壁新聞なら十分だろう。


 さて……っと!



「オレもう帰るから」

「待って、小山内君」


「いや、良子さん急ぐから ―― 」



 振り向いた瞬間、目と目が合った。


 …… な ん だ ?


 良子さんの眼球、色、いや透明度が違う?

 あの時と同じ、淵に立ったような浮遊感。

 奥底を見透かしてくる、水鏡のような瞳。



「そこまで一人で作業して、私たちが仕上げる。 ……なんで?」

「一人で、え、なに? なに?」

「どーしたの?」



 考え込みすぎて、口から出ていたらしい。


 少し戻って、ここまでの流れを反芻(はんすう)する。

 勝手に記憶していた、音まで覚えている。


 ……妙だな?


 オレの声は記憶していない。

 な ん で わ か っ た ?!



 ……あの時と同じ、なのか。

 そういえばエスパーだった。



「良子さんて、志望校どこ?」

「 は ァ ?! 一応一番上目指してるけど」



 あそこの制服の良子さんかぁ!

 いいなぁ、おっぱい触りたい。


 オレには無理だけど。



「制服姿、見せてくれる?」

「あそこ共学よ?楽勝なんじゃないの?!」


「違うんだ、そうじゃない。知ってるだろ」

「まだなにか隠してるんだ。そうなのね?」



 な ん で わ か っ た ?!


 いいや、これは普通の当てずっぽうだな?

 勘が良すぎるんだよなぁ。


 それにしても良子さんは厄介な相手すぎる、この超常的な洞察力は異常すぎる、本当にアタマの中を覗いてるんじゃないのか ―――― ?

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